ファーウェイ・テクノロジーズは7月29日、新しいスマートフォンのフラッグシップモデル「HUAWEI P50」シリーズを中国向けに発表しました。注目されるのは、チップセットにクアルコム製の最新チップセット「Snapdragon 888」を採用していること。米国から制裁を受け、チップセットの調達が制約されているはずのファーウェイ・テクノロジーズが、なぜ米国企業から最新のチップセットを調達できたのでしょうか。
新フラッグシップにクアルコム製チップセットを採用
一時はスマートフォンの出荷台数シェアで世界1位を獲得したにもかかわらず、米中対立の影響で米国から制裁を受けたことで、スマートフォンの開発に大きな制約が出ている中国のファーウェイ・テクノロジーズ。すでに、低価格ブランド「Honor」の事業を他社に売却するなど、大幅な規模縮小を余儀なくされていますが、それでもスマートフォンの新規開発は継続しているようです。
実際同社は、米国の制裁によってスマートフォン向けOS「Android」を完全な形で利用できなくなったことを受け、2021年6月には独自のスマートフォン向けOS「HarmonyOS 2.0」の提供を発表。中国を主体に独自のエコシステムを構築することで生き残りを図ろうとしています。
さらに同社は7月29日、HarmonyOS 2.0を搭載したスマートフォンの新機種「HUAWEI P50」シリーズを中国向けに発表しました。Pシリーズはファーウェイ・テクノロジーズのフラッグシップモデルの1つであり、カメラに力を入れているのが大きな特徴なのですが、HUAWEI P50シリーズも同様にカメラ機能にかなり力を入れているようです。
実際、上位モデル「HUAWEI P50 Pro」は、5000万画素のカラーイメージセンサーと4000万画素のモノクロイメージセンサーを搭載し、日本でも販売した「HUAWEI P9」シリーズのようにモノクロセンサーを生かした明るく鮮明な写真が撮影できる仕組みを備えています。それに加えて、6400万画素の望遠カメラを搭載して最大200倍のズーム撮影を可能にするなど、非常に高いカメラ性能を備えていることが分かります。
ですが、より注目されるのはチップセットです。ファーウェイ・テクノロジーズがスマートフォンを思うように開発できなくなったのは、OSよりむしろチップセットの調達が制限された影響の方が大きく、制裁によって傘下のハイシリコン・テクノロジーが開発していたチップセット「Kirin」の製造ができなくなってしまったことが、ファーウェイ・テクノロジーズのスマートフォン開発に致命的な影響を与えました。
そうした米国の制裁は現在も続いているのですが、にもにもかかわらず、HUAWEI P50シリーズにはハイシリコン・テクノロジー開発の「Kirin 9000」のほか、クアルコムのハイエンド向け最新チップセット「Snapdragon 888」も採用されるとのこと。Kirin 9000は制裁前に生産した在庫を使用していると思われますが、米国から制裁を受けているにもかかわらず、米国企業であるクアルコムから最新のチップセット供給を受けているのには驚かされます。
米国が真に警戒するのは「5G」
ただ、ファーウェイ・テクノロジーズがクアルコムからチップセットの供給を受ける動きは、HUAWEI P50以前から見られたものでもあります。実際、7月13日に同社の日本法人であるファーウェイ・ジャパンが発表した新機種の1つであるタブレット「HUAWEI MediaPad 11」は、HarmonyOS 2.0の採用に加えてチップセットにクアルコム製の「Snapdragon 865」を採用していることでも話題となりました。
その理由を紐解く鍵は、通信機能にあります。HUAWEI P50/P50 Proのスペックシートを確認すると、チップセットは「Snapdragon 888 4G」と記されており、5Gには対応していないのです。
また、HUAWEI MediaPad 11のスペックシートを見ると、モバイル通信機能自体を搭載しておらず、Wi-Fiのみの対応となっています。そうした内容を見るに、米国側はファーウェイ・テクノロジーズに対してチップセット自体の供給を禁じるより、5G通信に関連する技術の提供に絞って禁止する方向へと舵を切ったといえそうです。
ではなぜ、米国が5Gに厳しい姿勢を取っているのかといいますと、やはり5Gの技術が国家として重要と見ているからこそでしょう。携帯電話やスマートフォンによるコミュニケーションが主体だった4Gまでのネットワークとは異なり、5Gは企業や自治体などのデジタル化を推し進めるうえで重要なインフラになると言われており、5Gに関連する技術をみずから多く持つことが国としても重要になってきているのです。
ですが、5Gの技術開発は中国が先行しているといわれており、みずから通信技術の開発も手掛けるファーウェイ・テクノロジーズをはじめとした中国企業の台頭を許せば安全保障にも影響が出てくると判断し、5Gの技術提供を禁じているのではないか、と考えられるわけです。一方で、チップセットそのものに関しては、クアルコムもハイシリコン・テクノロジーもともに英国アームの技術を使っていることから、それ自体を提供しても5Gの技術流出にはつながらない、と踏んだのではないかと考えられます。
チップセット全体ではなく5Gに規制を絞り始めた米国側の姿勢変化は、ファーウェイ・テクノロジーズがスマートフォン事業を継続するうえでポジティブではありますが、通信が4Gに限られることが、5Gの普及が本格化するにつれ大きな足かせとなることに変わりありません。そうしたハンディキャップをどのような形で克服し、再び中国外でのスマートフォン販売を本格化できるかが、同社には問われることとなりそうです。