ソフトバンクは、7月15日にLINEMOの新料金プラン「ミニプラン」を発表しました。その発表に際して実施された記者向けの説明会では、ソフトバンクの常務執行役員である寺尾洋幸氏が、eSIMを中心としたLINEMOの現状について説明したのですが、その内容からはユーザーにeSIMを普及させることがいかに難しいかが見えてきました。eSIMを競争促進の切り札に据える総務省の方針は適切なのでしょうか。
サービス開始当初に相次いだeSIM関連のトラブル
携帯3社のオンライン専用プランのなかで、先陣を切って提供されたのがソフトバンクのブランドの1つ「LINEMO」です。月あたり20GBの通信量が利用できて月額2,728円、なおかつLINEのトークや通話の通信量をカウントしないカウントフリーの仕組みを備えるなど、LINEとの連携に力を入れたサービスとして知られています。
そして7月15日、LINEMOの新プランとして「ミニプラン」を追加することを発表しました。通信量は3GBと小容量ですが、その代わり料金は月額990円と、割引などを適用しなくても1,000円を切る低価格としました。LINEのカウントフリーやソフトバンクと同じ通信品質、といったLINEMOの特徴はそのまま生かされていることから、とりわけMVNOにとっては脅威となりそうです。
そのミニプランの発表に際して、ソフトバンクは記者向けの説明会を実施。常務執行役員である寺尾洋幸氏が新プランの内容を解説するとともに、LINEMOの現状についても説明しました。
LINEMOは、ソフトバンクの子会社がMVNOとして提供していた「LINEモバイル」を吸収し、そのノウハウを生かして提供されているサービスで、実質的にはLINEモバイルの後継サービスといえます。ですが、2021年3月のサービス開始以降、その注目度はLINEモバイルを大きく超えているようで、契約数はすでにLINEモバイルの2倍に達しているとのこと。その加入者も、7割近くが30代以下のデジタルネイティブ世代とのことで、年配層の契約が多いワイモバイルブランドとのすみ分けもうまくできているとのことでした。
契約数はNTTドコモの「ahamo」ほどではないとはいえ、こうした状況を見るとLINEMOは比較的順調な立ち上がりを見せたといえます。ですが、一方で寺尾氏は「eSIM」による契約にはかなり苦労したと話しました。
SIMが端末にあらかじめ組み込まれているeSIMは、アップルの「iPhone」シリーズやグーグルの「Pixel」シリーズなどに採用されたことで利用できる端末が増えており、オンラインで契約してすぐ通信サービスが利用できる利便性などから注目を集めています。そこでLINEMOはサービス開始当初より、通常のSIMカードだけでなくeSIMへの対応を打ち出しており、契約者がeSIMを選択する比率は「足元では2割くらいだが、最初はもっと高かった」と、かなりの割合を占めていたと寺尾氏は話します。
ですが寺尾氏によると、eSIMを選択した人が契約手続きを思うように進められない割合も非常に高く、多数の問い合わせが寄せられたとのこと。その理由は、従来の携帯大手のSIMカードでは求められなかった要素にユーザーが戸惑い、契約をうまく進められなかったためだといいます。
そもそも、LINEMOは端末とのセット販売を実施していないことから、サービスを利用するには「SIMロック解除」したスマートフォンが必要になりますし、eSIMの場合契約手続きの途中で「ネットワーク暗証番号」の入力が必要な仕組みになっていたとのこと。また、LINEMOのSIMを入れたスマートフォンで通信できるようにするには、Andoroid端末であればネットワーク接続に必要な「APN」(Access Point Name)の設定、iPhoneであればそのAPNを設定するための「プロファイル」(構成プロファイル)のダウンロードが必要となります。
こうした手続きや設定は、スマートフォンに詳しい人なら難なくこなせるかもしれません。ですが、そうでない人、とりわけ携帯電話会社からスマートフォンとSIMをセットで購入することに慣れている人には聞き慣れない要素が多く、覚えていない、よく分からないといった理由から手順を飛ばしてしまうなどし、うまく設定できずに問い合わせしてくるケースが多かったようです。
リテラシーが伴わなければeSIMの活用は進まない
そうしたことから、ソフトバンクの調査によれば、eSIMのNPS(ネットプロモータースコア、顧客の継続利用を知る指標)は「物理SIMがマイナス3くらいの所が、eSIMはマイナス40ポイント」(寺尾氏)とのことで、ほとんどの顧客からは支持されない状況にあったとのこと。そこでソフトバンクでは、顧客がeSIMでつまずいている部分に毎週改善を施しているとのことです。
具体的には、ネットワークの暗証番号を不要にしたり、APNやプロファイルをダウンロードしやすくしたり、SIMロック解除に関する丁寧な説明を加えたり、手順を飛ばしてしまう人に正しい手順を取るよう誘導する仕組みを講じたり……など、400項目もの改善を施したとのこと。それでようやく、当初の物理SIMのNPSを上回るスコアを得て、物理SIMと変わらないレベルでスムーズに契約できるようになったといいます。
ですがそれでも、現状LINEMOのeSIM発行は、オンラインでありながら24時間常時発行できる体制がまだ整っていないといいますし、QRコードを取得するためにスマートフォンとは別にもう1つ、インターネットに接続した端末が必要だという点は変わっていません。eSIMをスムーズに利用してもらううえでは、まだ多くの課題があるのも実情のようです。
寺尾氏は、eSIM自体は「やりたかった」と話す一方、「急いでやっちゃいけなかった」とも答えています。人によってリテラシーが大きく異なる顧客に対し、スタッフを通さずみずからスマートフォンだけで契約を進めてもらう必要があるeSIMを提供するにあたっては、相当念を入れて環境を整えたうえで準備しないと混乱が起きる、というのが正直なところなのでしょう。
寺尾氏の一連の話からは、eSIMを万人に利用してもらうには環境の整備だけでなく、ユーザー側のリテラシー不足という問題もあり、利活用を促進するには非常に高いハードルがある様子が伝わってきます。ある程度リテラシーが高い人が利用するオンライン専用のLINEMOでさえそうした状況ということもあって、ソフトバンクではLINEMOと同時期にスタートしたワイモバイルブランドのeSIMサービスは、積極的なアピールを控えているとのこと。2021年7月14日にスタートしたソフトバンクブランドのeSIMに関しても、同様の状況のようです。
そこで気になるのが総務省の動向です。総務省は携帯各社に対し、今夏までにeSIMの導入を要請するなど、eSIMがユーザーの乗り換えをしやすくして価格競争を促進する切り札の1つと位置付け、利用促進を積極化していく方針を打ち出しています。
ですが、LINEMOの動向を見るに、eSIMの利用には相応のリテラシーを持っていないと、逆にトラブルを生み出す元凶となりかねない、ともいえます。実際、総務省の有識者会議「スイッチング円滑化タスクフォース」においても、KDDIやソフトバンクがeSIMに関して、ユーザー側に一定のリテラシーが求められることが利用を阻む要因になると指摘していました。
総務省としては、オンラインだけで手続きが済むeSIMの利用が増えれば、ショップや電話などで解約や番号ポータビリティでの移行手続きをする際、引き留め工作に遭わなくなりスムーズな乗り換えが可能になることを期待しているのだと思われます。ですが、リテラシーが高くないユーザーに対してもeSIMの利用を促進することで、かえってユーザーに不便を与えることがメリットなのか?という点には少なからず疑問を感じます。
eSIMの利用を促進するのであれば、それに伴うユーザーリテラシーの向上策も積極的に打ち出していく必要がある、というのが筆者の考えなのですが、総務省側からはその具体策が提示されていないだけに、eSIMの促進に前のめりになるあまり、かえって市場に混乱をもたらすことにならないか、というのが非常に気になります。