ソフトバンクは現在、携帯電話の基地局にAIを搭載する「AI-RAN」という取り組みに力を入れています。基地局にAIを導入することで、ネットワークを最適化し品質向上につなげられるだけでなく、基地局を通信以外にも活用し“稼げる”仕組みを備えるのが特徴です。
AI-RAN実現の大きな一歩「AITRAS」とは
生成AIのブームでAIに関する技術が大きな注目を集めていますが、その波はモバイル通信にも着実に影響を与えています。最近では、スマートフォンにAIの処理性能に優れたチップセットを搭載し、AIを活用した機能をアピールするメーカーが増えていることは多くの人が良く知るところかと思いますが、AIの波はデバイスだけでなく、ネットワークにも大きな影響を与えているのです。
それを示す取り組みの1つが、2024年2月に設立された「AI-RANアライアンス」です。AI-RANとは、要は携帯電話の基地局など無線アクセスネットワーク(RAN)に、AIの技術を導入して活用しようというもの。それを推進するのがこのアライアンスとなり、ITやモバイルに関する大手企業が参加しています。
なかでもアライアンスの立ち上げに大きな影響を与えており、なおかつAI-RANを強く推進しているのが、ソフトバンクと米エヌビディアです。そして2024年11月13日、その2社がAI-RANに関する新たな取り組みを打ち出しており、それはソフトバンクが、AI-RANの統合ソリューション「AITRAS」を開発したと発表したことです。
AITRASを知るにはまず、基地局の仮想化についておさらいしておく必要があるでしょう。携帯電話の基地局は、端末と無線通信するRU(Radio Unit)と、RUから送られた無線信号を処理するDU(Distributed Unit)、その処理した信号をコアネットワークとやり取りするCU(Centralized Unit)の3つから成り立っています。
このうちRUは、無線通信する必要があるため専用のハードが必要になりますが、DUとCUは汎用のサーバーとソフトウェアで置き換えることが可能。DUとCUをそれらで置き換えたものが仮想化基地局となります。楽天モバイルが自社のネットワークを「完全仮想化」とうたっているのも、コアネットワークだけでなく基地局のDUやCUも汎用のサーバーとソフトウェアで動作させているからこそなのです。
ですが、とりわけDUの処理をこなすには非常に高い計算処理性能が求められることから、ソフトバンクでは仮想化されたCUやDUのソフトウェアを動作させるサーバーに、高速なGPUとARMベースのCPUを搭載したエヌビディアの「NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip」を導入。そしてAITRASは、このGH200の基盤を活用し、基地局の機能だけでなくAIの処理ができる仕組みも同時に実現したものとなります。
しかもAITRASは「オーケストレーター」という仕組みを用い、状況に応じて基地局とAIに割くコンピューターのリソースを動的に変えることも可能。人の移動が多く通信の需要が増える昼間は基地局にリソースを多く割き、夜間はそれを減らしてAIに学習させる……といった使い方もできるようです。
AIの導入で“稼ぐ”基地局が誕生か
そしてAITRAS、ひいてはAI-RANの導入は、大きく3つのメリットを生み出すとみられています。その1つが、基地局の効率的な制御による通信品質の向上です。
データ通信量の増大、そして5Gで高い周波数帯の電波を利用するようになったことで、携帯各社は特に人口が多い都市部で、基地局を多数設置することが求められていますが、基地局を密に設置すると電波干渉を起こしてしまうため、調整にとても手間がかかるのが実情です。そこで基地局にAI技術を導入し、AIが自動的に干渉制御してくれれば、効率が大幅にアップし通信品質の改善も進めやすくなるというわけです。
2つ目は「エッジAI」としての活用です。現在、AIを活用したサービスの多くは、大規模なコンピューターリソースが活用できるクラウドを使ったものが多いですが、クラウドと端末は距離が離れていることから結果を得るのに時間がかかってしまうので、遅延が事故に直結する自動運転などには活用しづらいのです。
一方で最近では、スマートフォンのようにAI処理を端末内で直接こなすデバイスも増えていますが、クラウドと比べれば性能が低く、できることには限界があります。そこでより端末により距離が近いネットワーク上にサーバーを置き、そこで処理をこなすことで遅延を抑えながら高度な機能を実現する「MEC」(Multi-access Edge Computing)という仕組みが、5Gではかねて注目されてきました。
ですが、AI-RANが実用化すれば、すべての基地局がAI処理のできるMECサーバーとして活用できるようになります。それゆえ、AI-RANの導入が進めば、自動運転などのようにAIを活用した低遅延のサービスやソリューションがより実現しやすくなるわけです。
そして3つ目は、基地局のリソースを売って“稼げる”ことです。先にも触れたように、AITRASではオーケストレーターによって、基地局としてあまり使われていない間のコンピューターパワーをAIの学習などに活用できる仕組みを備えています。
それゆえ、この仕組みを活用し、全国の基地局の空きリソースをAIの学習に活用したい企業に販売すれば、通信以外の形で基地局を収益化できることになります。とりわけ現在は、5Gの有効な活用方法を上手く開拓できておらず、携帯電話会社もスマートフォンから得られる以上の収益を得るのが難しいことから、AI-RANは携帯電話会社の稼ぎを増やす救世主になるかもしれないのです。
ただ、AI-RANの実現には大きな課題もあります。それは、仮想化基地局のパフォーマンスの問題です。仮想化基地局は、専用のハードウェアで開発された基地局と比べ、性能が劣り電力効率も悪いことから、現在も商用環境に積極導入している携帯電話会社は決して多いとはいえません。
もちろん、最近ではGH200のように高いパフォーマンスと省電力性を備えたチップなどが登場したことで、仮想化基地局でも既存の基地局とそん色ない性能を実現できるようになってはきました。ただそれでも、多数のアンテナ素子を搭載したアンテナを活用し、同時に通信できる端末の数を増やす、5Gで注目される「Massive MIMO」のような技術に対応するには、より一層の性能向上が必要とされています。
そうしたことからソフトバンクでも、AITRASの商用ネットワークへの導入は当初、企業などに向けた小規模の基地局で2025年度から始めるとしており、一般ユーザーが利用するネットワークへの導入は2027年度と、やや先になるとのこと。ですが、AI-RANの導入が本格化していけば、さまざまな形でユーザーメリットも生まれてくると考えられるだけに、早期の実現が大いに期待されます。