「今後、格安スマホの通話料が安くなる」という報道がなされています。これは、MVNOが携帯電話会社から音声のネットワークを借りる時の料金を見直すことで、定額、あるいは準定額制の通話サービスを実現できるようにすることを示しているのですが、果たしてこのことが低迷するMVNO復活の切り札になるのでしょうか。
なぜMVNOは通話定額を実現できないのか
電気通信事業法の改正や楽天モバイルの参入など、携帯電話業界では非常に大きなイベントが相次いだ2019年10月。そのようななか、月の半ばあたりから、格安スマホの通話料値下げに向けて総務省が動いているという報道が相次ぎました。10月17日には、菅義偉官房長官が記者会見でこの件に言及し、総務省がその検討を進めている旨の発言をしていることから、確実性は高いようです。
一体、これはどういうことなのでしょうか。いわゆる「格安スマホ」は、携帯電話大手からネットワークを借りてモバイル通信サービスを提供しているMVNO(仮想移動体通信事業者)のことを指しており、今回の措置はMVNOが携帯電話会社から音声通話サービスを借りる時の料金引き下げの検討を進めるもののようです。
なぜ、MVNOの通話料を引き下げようとしているのかというと、携帯電話大手がMVNOに貸し出す料金が変わらなければMVNOが通話料を引き下げられない、ということが理由のようです。
実は、MVNOがネットワークを借りる際の料金は、音声通話とデータ通信とで別々の仕組みで計算がなされています。データ通信に関しては、MVNOが携帯電話会社と接続するための機器を一部持つことから、通信会社同士の接続を担保する「事業者間接続」という仕組みに基づいた料金設定がなされています。その料金(接続料)は、指定の算定式に基づいて、毎年計算し直されているのです。
しかしながら、音声通話に関してはデータ通信と違ってMVNO側が接続する設備を持たず、携帯電話会社側に多くを依存する形となっています。それゆえ、事業者間接続ではなく「卸」、つまり携帯電話会社との取引によって決められる仕組みなので、データ通信のように毎年料金を見直す仕組みが存在しないのです。
そうした仕組みから、MVNOのデータ通信の料金は毎年接続料が計算し直され、下落したことで非常に安い料金での提供ができるようになりました。ですが、音声通話は見直す仕組みが存在しないため現在まで変化がなく、それに合わせる形でMVNO側も「30秒20円」という従量制の料金でしか提供できなかったのです。
もちろん、MVNO側もそうした状況を改善するため、IP電話や、電話番号の前に指定の番号を付与して通話することで安価なネットワークを経由して通話料を安くする「プレフィックスコール」などを活用することで、5分、10分といった準定額制を実現する努力をしてきました。ですが、これらの仕組みを用いると専用のアプリが必要だったり、VoLTEによる高音質の通話が利用できなかったり、緊急電話ができなかったりするなど、不便さがあったのも事実です。
通話定額による競争力強化は疑問符も
今回の総務省の動きは、携帯電話大手の音声通話貸し出し料金の見直しを進めることで、そうしたMVNOが抱えている不利な状況を改善し、MVNOが携帯電話大手と同様に通常の音声通話で5分間定額、あるいは完全定額制の通話を実現できるようにしようというものになると考えられます。
とはいえ、この見直し自体は、2018年より進められている総務省の有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」ですでに議題として挙げられているもの。実際、2019年4月にまとめられた同研究会の中間報告書でも、音声卸料金の適正性の確保をするための検証をすることが適当であるとの記述がなされています。
では、なぜ今のタイミングで見直しが進められようとしているのでしょうか。理由の1つには、2019年10月の電気通信事業法改正をもってスマートフォンの大幅値引きや、いわゆる“2年縛り”の問題に関する措置がひと段落したことから、次のステップとしてMVNOの音声通話に関する議論を進められるようになったといえます。
そして、もう1つ考えられるのは楽天モバイルの出遅れです。2019年10月に携帯電話会社として商用サービスを開始した楽天モバイルですが、ネットワーク整備が順調に進んでおらず、総務省から再三にわたって基地局の整備遅れで指導を受けている状況です。
それゆえ、現在のサービス内容も、5,000人の無料サポータープログラム会員に絞って無料でサービスを提供し、品質のテストやアンケートに答えてもらうという、試験サービスといっても過言ではないものとなっています。携帯電話料金引き下げの切り札として期待された楽天モバイルの大幅な出遅れに業を煮やした行政側が、楽天モバイルの本格サービス開始を待たずに料金競争の加速を促す必要があると判断し、MVNOの強化を急ぐに至ったと見ることもできるでしょう。
もはや音声通話定額は消費者に求められていない?
もちろん、MVNOで音声通話定額が実現すること自体は歓迎できるものではあるのですが、最近の動きを見ていると、それがMVNOの強化につながるのか?という点には疑問を抱くところです。実際、法改正に合わせて携帯電話大手やそのサブブランドが打ち出した新料金プランを見ると、その多くが通話定額や5分間通話定額をセットにした料金をメインに打ち出しておらず、通話定額はあくまでオプション扱いとなり存在感が大幅に薄れているのです。
通話定額に強みを持っているはずの携帯電話大手がこうした措置を取るのには、もちろん通話定額を外すことで料金を安く見せたいという狙いもあるでしょう。ですが、かつては5分間通話定額付きのプランを基準として打ち出していたことを考えると、今回の動きからは、携帯電話会社が音声通話をあまり重視しなくなっている様子が見て取れます。
スマートフォンに詳しい人であれば、すでにLINEなど他のコミュニケーション手段を多く活用しているでしょうし、最近スマートフォンを使い始めたばかりのような人は、音声通話の安さよりもスマートフォンを使いこなせるようになるための手厚いサポートを求めているはずです。それだけに、今このタイミングでMVNOの音声通話定額を実現したとしてもメリットはかなり限定的といえ、MVNOの競争力を高めるにはもっと別の施策が必要なのではないかと筆者は考えます。
著者プロフィール
佐野正弘
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。