総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」の議論で、これまでの2万円から4万円に増額する方針案が定められた、携帯電話の通信契約に紐づいたスマートフォンの値引き。ですが、2023年9月8日の議論では、携帯各社やMVNOなどからの意見を受け、値引き額に一部変更が加えられた新たな案が提示されています。なぜ、このような変更がなされたのでしょうか。
4万円値引きができるのは8万円超のスマホだけに
2019年の電気通信事業法改正以降、非常に厳しい規制がなされている、携帯電話会社によるスマートフォンの値引き販売。現在認められているのは、通信契約と同時にスマートフォンを購入した際に、最大2万円(税別、以下同)を値引くことだけです。
ですが現在、総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」で進められている議論の中で、現在の市場環境に合わせて2万円の規制を見直す動きが出てきています。その理由は先の法改正以降、スマートフォンのもともとの価格を大幅に値引き、それに通信契約を乗り換えた人などに対して最大2万円の値引きを提供することなどにより、法の隙をくぐり抜け「一括1円」「実質1円」など大幅な値引きを実現する“1円スマホ”などと呼ばれる手法が生み出されたためです。
この手法では、通信契約をしなくてもスマートフォンを安く購入できることから、値引きされた端末を転売ヤーが買い占める行為が相次ぎ社会問題となっていました。それゆえ、先の有識者会議では1円スマホに規制をかけるための議論を進めており、端末をどれだけ値引いて販売していても、通信契約に紐づいた端末値引きをする際は通信契約に紐づいた値引き額の上限以上値引いてはいけないという規制を新たに加える一方で、通信契約に紐づいた値引き額上限を現在の市場環境を基に見直して4万円に増額する案が提示されたのです。
携帯電話会社がショップでスマートフォンを大幅値引きするのは、その後の収入につながる通信契約を獲得するためなので、通信契約をしない人に対してスマートフォンを値引くことにはデメリットしかありません。そこで総務省は、通信契約をする人に対する値引きに新たな規制を加えることで1円スマホ撲滅を図る一方、その緩和策として値引き額を増やす措置に出たものと考えられます。
ですが、その割引に関する内容などをまとめた「競争ルールの検証に関する報告書 2023」の案が提示され、パブリックコメントを募集したあとの2023年9月8日に実施された「競争ルールの検証に関するWG」の第47回会合資料を見ますと、割引の部分に修正が加えられているようです。通信契約に紐づいた値引き額の上限を原則4万円とする点は変わっていないのですが、新たにいくつか条件が追加されています。
それは4万円の倍、つまり8万円を下回るスマートフォンに対する値引き額に制限が加えられたこと。具体的には、4万円から8万円までのスマートフォンに対する値引き額上限は「対象価格の50%」、要は値引き前の価格の半額までとされ、それ以下の価格のスマートフォンに対する値引き額の上限は従来通り2万円とされたのです。
4万円上限に反対したのは携帯電話会社
なぜ一律4万円ではなく、端末価格に応じて値引き上限額を減らすこととなったのでしょうか。最も大きな理由は、一律4万円に上限額を上げてしまうと低~中価格帯のスマートフォンを狙った転売ヤーや1円スマホ化を撲滅できない、との声がパブリックコメントで相次いだためであり、その声を挙げたのも実は携帯電話会社であったりします。
実際、「競争ルールの検証に関するWG」の第47回会合資料を確認しますと、パブリックコメントでNTTドコモは「上限額を4万円とした場合には、10万円以下の低~中価格帯のスマートフォンにおいては、端末購入サポートプログラムと組み合わせた「実質1円販売」が可能となる」ことから転売ヤーなどの問題が解消されないと主張。KDDIも「特に、4万円以下の低価格帯端末では一括1円販売など、過度な割引が可能となります」と、やはり問題解決につながらないとの主張をしています。
そしてもう1つ、この会議に参加する有識者からも、値引き額上限を4万円に上げることに対して疑問の声が少なからず挙がっていたことも、一連の見直しには影響したものと考えられます。実際、楽天モバイルはパブリックコメントで「このまま議論が尽くされることなく上限2万円規制が見直されるのではないかと懸念しております」とし、一律4万円という規制に疑問の声が多かったことから見直しを求める意見を提示しています。
さらにパブリックコメントを確認しますと、MVNO各社からも値引き額の上限が上がることで体力の弱いMVNOが不利になるとして、やはり見直しを求める声が相次いでいたようです。行政側がパブリックコメントを受けて報告書の内容を大きく変更するケースは非常に少ないのですが、総務省も公正競争のためスマートフォンの大幅値引き撲滅を訴え続けてきただけに、これらの声を無視することはできなかったものと考えられます。
ですがその結果として、この案が通過すると大きなマイナスの影響を受けるのは消費者とスマートフォンメーカーです。消費者に与える影響はシンプルで、値引き規制があまり緩和されないまま1円スマホだけが禁止されることで、スマートフォンが一層購入しづらくなることが予想されます。
現在は円安が進んでおり、スマートフォンも今後一層の価格高騰が予想されるのですが、物価が上がっているにもかかわらず値引き規制が強化される方向に向かえば、消費者の買い控えが一層進むことは明白でしょう。
またメーカーの場合、値引き上限額が4万円にアップするとの案が出たことで、一括1円で販売できる機種の価格が現在の2万円から4万円にアップし、携帯電話会社が4万円台の端末調達を強化することで収益改善につながることが期待されていました。
ですが今回の案で、低価格モデルに対する値引き上限が引き下げられたことから、携帯各社はメーカーに対し、利益の出しづらい2万円台のスマートフォンを開発し続けることを求めてくるでしょう。その結果、法規制後販売が大きく伸びた低価格端末に注力したことで、円安などの影響が直撃し経営破綻に至ったFCNTのようなケースが今後も出てくることが予想され、スマートフォンメーカーのさらなる減少が懸念されます。
そして、消費者の買い控えやメーカーの撤退・破綻が進むことは、巡り巡って5Gの普及の大幅な遅れによる競争力低下や経済安全保障など、多くの問題をもたらし携帯電話会社、そして国家にも不利益をもたらす要因となりかねません。今回の判断が日本の携帯電話産業を一層弱らせることにつながらないか、大いに懸念されるところです。