仮想現実(VR)と拡張現実(AR)は、次世代のプラットフォームとして、ここ数年にわたって注目されています。VRは、2013年に発表されたVRヘッドセット、Oculusのプロトタイプ「DK1」の登場でデベロッパーやメディアを賑わせた一方、ARは、Googleが2012年にGoogle Glassを発表したことにより、その可能性を世に広めました。
しかし、VRとARはともに、普及を加速させるようなきっかけがほぼありませんでした。iPhoneの登場によってスマートフォンが一躍メインストリームになったように、消費者の間では、画期的なデバイスやコンテンツの登場によって、VRとARがメインストリームになるようなタイミングを待ち続けている状態です。今回はVR/ARゲームの歴史、モバイル業界に与える影響、そして今後の展望について考察します。
VR/ARの歴史
VR/ARといえば、「Oculus Rift」や「Google Glass」を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、技術の誕生は数十年前まで遡り、世界初といわれるヘッドマウント型のVRディスプレイは、1950年代にMorton Heilig氏によって発明されています。「Telesphere Mask」と呼ばれるそのデバイスは、3Dワイドビジョンとステレオ音声を備えていました。
「Telesphere Mask」の特許申請の設計図には、カラーで動く3次元映像や100%の周辺視野などが記載されており、「Oculus Rift」のコンセプトとの類似性に驚かされます。もちろん、頭や手の動きを追跡する「Oculus Rift」のほうが段違いに進化しており、現在の「HTC Vive Pro Eye」のVRヘッドセットでは、目の動きまで追跡できるようになっています。
一方、ARの歴史は、ボーイング社に務めていたThomas Caudell氏とDavid Mizell氏が、1992年に「Augmented Reality(拡張現実)」という表現を生み出したことが始まりだと考えられています。両氏は、飛行機の製造プロセスにおいて役立つヘッドマウンド型のARヘッドセットの開発を計画していました。また、1997年には、韓国出身の2人の科学者によって、手持ちサイズのARゲームデバイス「ARkanoid」を作り出す計画があったといわれています。
このように、VR/ARはそれぞれ長い歴史があるものの、「Oculus Rift」や「Google Glass」が登場するまで、大きな進化がないまま年月が経っていました。現在では、MicrosoftやMagic Leapといった企業もAR技術を展開していますが、メインストリームになるためには、まだまだ課題が山積みの状況です。
モバイル対応ヘッドセットの登場
VR/ARの普及におけるもっとも大きなハードルは価格かもしれません。これに対していくつかの企業はモバイルを活用することで、価格に見合った機能を使えるように対応を進めています。たとえば「Oculus」は2015年に、当時もっとも有望だったVRヘッドセットの「Gear VR」をモバイルへ搭載するためSamsungと提携。Galaxyユーザーは99ドルのヘッドセットに自身のスマートフォンを装着するだけで、VRを気軽に楽しめるようになりました。「Oculus Rift」や「HTC Vive」の対応機器を構築するために必要な1,600ドルという価格に比べれば、かなり割安です。
LGも、スマートフォンの「LG G5」とつなげられる「LG 360 headset」を発表。また、Googleは、超低コストの段ボールVRヘッドセット「Google Cardboard」で価格破壊を試みつつ、これよりも少しハイエンド向けのVRヘッドセット「Daydream View」を99ドルで発売しました。
しかしここ数年は、モバイル対応のVRコンテンツが不足しているという課題に直面し、開発ペースがスローになっています。現在では、Samsungが「Gear VR」を宣伝する様子もなく、Googleの「Daydream View」は2016年のローンチ以降、特にアップデートがありません。対応するモバイルの機種も極めて少ない状況です。Facebookが手がけた199ドルの「Oculus Go」は、完全ワイヤレスでモバイルでのVR体験を手頃な価格で実現していますが、現時点で楽しめるコンテンツは少なく、VRをメインストリームに押し上げるには至ってないでしょう。また、LGも、「LG G5」と「LG 360」のローンチ以降、新たなVRヘッドセットは発表していない状況です。
機が熟すのはいつか
VR/ARはニワトリと卵のような問題に直面しています。つまり、ユーザーがいないからデベロッパーはVR/ARコンテンツ開発に取り組まない、その一方でVR/ARコンテンツが開発されないからユーザーが増えない、という悪循環に陥っているのです。ハードウェア面では、現行のヘッドセットがかさばり、手軽さに欠けるうえに、使い心地が悪く、割高という課題を抱えています。比較的低価格帯の「Oculus Rift」や新発売の「Oculus Quest」は、VRハードウェアの発展への兆しといえますが、まだユーザーが殺到するようなプロダクトではないという見方をする人もいます。
VRの成長の遅さに鑑み、ARにおいてはユーザーが新たなハードウェアを購入する必要のないよう、多くのデベロッパーがモバイルARの開発に力を入れ始めています。近年では、Appleの「ARKit」やGoogleの「ARCore」によって、デベロッパーがモバイル向けのAR体験を開発することが簡単になっています。
『Pokémon GO』の人気でARの可能性が注目されましたが、ARモバイルゲームはまだスタートを切ったばかり。「Dumpling Design」や「CCP Games」のようなデベロッパーが『Smash Tanks!』や『EVE: Project Galaxy』といったユニークで魅力的なモバイルARゲームを開発し、その裾野を広げているところです。
そのため、正直なところ、まだまだVR/ARがメインストリームとなるきっかけやタイミングは見えてきません。しかし、完全没入型のゲーム体験への入り口として、モバイルが鍵となることは間違いでしょう。モバイル向けのARは、現状カジュアルな体験に留まりますが、AppleやFacebook、Microsoftなどが提供するスタンドアローン型のヘッドセットによって、よりテクニカルで深みのあるゲーム体験が可能になるはずです。
このモバイルVR/ARを糸口として、それらのゲームがより一般的になれば、モバイルやPC、コンソールのゲームを補完する形で、自宅における完全没入型のゲーム体験を提供できるようになるでしょう。さらに、5Gでスムーズなゲームストリーミングが可能になれば、モバイル端末は外出先でゲームをプレイするためのベストな方法になるはずです。
著者プロフィール
林宣多
アプリデベロッパーのサポートを行うAppLovin代表取締役。GREE、Yahoo! Japanを経てAppLovinに参画。カリフォルニアにある本社の営業責任者を務めたのち、2016年4月にAppLovin日本法人の代表取締役に就任する。