米中の対立が深刻さを増し、それがIT業界にも影響を与えている昨今だが、現在新たに大きな影響を受ける可能性が出てきているのが「TikTok」である。日本でも若い世代を中心として人気を博しているTikTokだが、なぜ米中摩擦の火種となっているのだろうか。
若者を中心に人気だが規制する国が増加
15秒の非常に短い動画を投稿して楽しむ、スマートフォン向けの動画共有サービス「TikTok」は、独自のインターフェースでテンポ良くさまざまな動画を再生できるのに加え、音楽に合わせた動画を簡単に作成できることから、若い世代を中心に、楽曲に口の動きを合わせたリップシンク動画や、ダンス動画などを投稿するなどして日本でも大ブレイク、2018年には流行語大賞にノミネートされるなど、広く知られる存在となっている。
だがそのTikTokが、一部の国においてサービスを提供できない、あるいはできなくなりつつあるなど、国によってそのサービス運営に危機的な状況が発生しているようだ。その背景にあるのは、TikTokのサービス運営がバイトダンス社という中国企業に大きく関連していることだ。。
バイトダンスは中国で2016年にショートムービーの投稿サービス「抖音」を提供しており、それをベースとしながら海外展開するべく別法人で運営しているのがTikTokとなる。大きな転機となったのは2018年、米国で展開していた同種のサービス「Musical.ly」を買収したことで、同サービスのユーザーを取り込み米国での利用者を獲得するとともに、サービスの拡充を図り、その後世界的な人気を加速するに至ったといえよう。
だが中国はここ最近、いくつかの国との摩擦が生じており、それがTikTokの提供にも大きな影響となって出てきているのだ。実際、国境付近での衝突が相次ぎ関係が悪化しているインドでは、2020年6月にTikTokをはじめとした59の中国製アプリの利用禁止を打ち出している。
そしてより大きな火種となっているのが米国だ。ここ最近米国と中国との関係は急速に悪化しているが、その影響がTikTokにも飛び火。米国のドナルド・トランプ大統領が中国政府への個人情報流出を防ぐため、TikTokの利用禁止を打ち出すに至っている。
中国の「国家情報法」を懸念、国内サービスへの影響は
なぜTikTokが中国政府への個人情報流出につながるのかといえば、それは中国で2017年に施行された「国家情報法」にある。これは中国の企業や国民に対し、政府から要請があった場合情報の提出を義務付けるものだ。
米国ではかねてよりこの法律によって、中国の製品やサービスを通じて政府や軍の情報などが流出することを懸念する向きが強かった。米国はこれまでにも、中国の通信機器メーカー大手、ファーウェイ・テクノロジーズに制裁を実施し、同社製の通信機器を米国のネットワークから排除する姿勢を強めてきたが、そこには米国が国家情報法の存在に強い懸念を抱いていることが、大きく影響しているといえよう。
そして米国で人気があるTikTokの運営会社も中国企業とされたことから、TikTokに対する懸念が急速に高まり禁止措置を打ち出すに至ったようだ。トランプ大統領は2020年8月にTikTokの米国事業を45日以内に米国企業に売却するという大統領令に署名。その後期限が90日に延長されたものの、かなり強い姿勢で臨んでいるいる様子がうかがえる。
この一件を受けてか、TikTokの米国事業に関しては米マイクロソフトとの売却交渉が進められているようだ。他にもツイッターが買収に名乗りを上げたとの報道もあるようだが、米国でTikTokのサービスを継続できるかは、米国企業との売却交渉次第という状況だ。
ただこの一件はあくまでTikTokの米国事業に関する動向であり、日本のTikTokが影響を受ける訳ではない。しかしながら日本でも米国に歩調を合わせてか、TikTokに規制をかけるための検討を進めようという動きが浮上しているのも事実だ。
実際2020年7月28日に、自民党のルール形成戦略議員連盟が中国企業が提供するアプリの使用を制限するよう、政府に提言する方針をまとめたとされている。それだけに今後国内でも、TikTokに関して行政で何らかの議論がなされる可能性はある。
そして一連のTikTokに関する報道を受けてか、TikTokの利用に不安な声を上げる人も出てきたようで、その影響が国内でも徐々に出てきている。実はここ最近、バイトダンスは日本の行政や自治体と協定を結ぶなどして、広報活動を中心としたTikTok活用を進めていたのだが、一連の報道による不安の声を受ける形で、大阪府や神奈川県、神戸市など協定を結んでいた自治体が、TikTokのアカウントや投稿動画を非公開にするという動きが相次いで起きているのだ。
こうした状況が続けば、TikTokもファーウェイ・テクノロジーズと同様、米国だけでなく日本でのビジネスにも多くの制約が出てくるかもしれない。実際ファーウェイ・テクノロジーズは、国内でも携帯大手への通信機器提供ができなくなっているだけでなく、グーグルとの取引が制限されたことで、同社製のスマートフォンに「Google Play」などグーグル製アプリやサービスの搭載ができなくなるなどの制約が出てきており、制裁前の好調ぶりとは一転、国内では苦戦している様子がうかがえる。
米中関係は悪化の一途をたどっており、改善の兆しは見られない状況だ。その影響は日本にも少なからず及ぶことから、今後も政治の影響がスマートフォン、ひいてはIT業界全体に大きく影響してしまうのが非常に気がかりな所である。