2018年に携帯電話事業への正式参入を発表した楽天。KDDIとローミング契約を結んだことで、2019年10月のサービス開始に向けた準備が整いつつあることをアピールしているが、参入によって何が変わると考えられているのだろうか。

2019年のサービス開始に向け準備を急ぐ楽天

2017年末に携帯電話事業への参入を表明したことで大きな注目を集めた楽天。2018年に携帯電話事業を担う子会社の楽天モバイルネットワークを設立し、総務省が実施した4G向けの電波免許を申請。4月に無事、1.7GHz帯の免許を獲得し、携帯電話事業への参入が正式に決定したのである。

楽天の携帯電話サービス開始は2019年10月を予定しており、2018年12月7日には、基地局1号機の建設に向けた安全祈願祭を執り行った。現在は基地局の設置や、設置する場所の確保を急ピッチで進めるなど、サービス提供に向けた準備を着々と整えているところのようだ。

  • 楽天モバイルネットワークは2018年12月7日に、基地局1号機の建設に向けた安全祈願を実施。楽天の代表取締役会長兼社長である三木谷浩史氏が参加するなど、力の入れ具合を見て取ることができる

とはいえ、楽天はゼロからインフラを整備する必要があるため、既に全国に充実したインフラを展開する携帯大手3社と、すぐ互角に競争できる訳ではない。そこで楽天は、他社のネットワークと相互接続することで一時的にエリアを補完する「ローミング」を活用するとしている。

そして楽天がローミングの相手に選んだのがKDDIだった。両社は2018年11月1に提携し、KDDIが楽天に対して、ネットワーク整備が完了するまでの間、都市部以外のネットワークでローミングを実施するという。一方で楽天はKDDIに、QRコード決済の加盟店網や、Eコマースの物流網を貸し出すとしている。単なるローミングにとどまらない契約となったことが大きな驚きをもたらしたようだ。

  • 楽天はKDDIと提携。ネットワークが整うまでの間都市部以外でのローミングを実施してエリアを補う一方、楽天はKDDIに楽天ペイの加盟店網やEコマースの物流網などを提供する

投資金額が他社より少ないことから、依然として参入を不安視する声が少なくない楽天の携帯電話事業だが、サービス開始に向け着実に準備を進めていることは確かなようだ。では楽天の参入によって、携帯電話市場に今後どのような変化が起きると考えられるだろうか。

行政が期待する料金競争より大事なもの

特に電波割り当てを認めた総務省などの行政が強い期待を寄せているのが、携帯電話会社同士の競争が加速し、通信料金が引き下げられることだ。

携帯電話会社は20年にわたる再編を経てNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社に集約されてしまった。それに加えて、「実質0円」など端末の過度な値引きによる顧客奪い合い競争が行政によって実質的に禁止されたことなどもあり、事業者間の競争は停滞傾向にある。そうしたことから新規参入事業者の楽天が、加入者獲得のため大手3社より格安な通信料で勝負を仕掛けることで、停滞していた事業者間競争が加速し、それに伴って全社の通信料金が大幅に下がることを行政は期待しているのだ。

過去を振り返ってみれば、確かに新規参入事業者がプライスリーダーとなって、通信料が下がるという事象が起きている。携帯電話の黎明期から普及期にかけては、現在のKDDIに当たるDDIセルラーグループや日本移動通信、現在のソフトバンクに当たるデジタルホングループなどに加え、PHS事業を展開する3社が相次いで参入したことにより、かつては富裕層やビジネスマンくらいしか利用できなかった“高嶺の花”であった携帯電話が、誰でも利用できる料金にまで下がり大衆化が進んだのである。

また2005年にはイー・モバイル(イー・アクセス)が参入し、さらにPHS事業者のウィルコムがKDDIから独立。これによってデータ通信の定額サービスがより安価になったり、音声通話の定額競争が加速したりするなど、通信サービスがより安価な料金で利用しやすくなったのは確かだ。

  • 2005年にはイー・モバイルやウィルコムなどの独立系事業者が増えたことで、データ定額の低価格化が進んだほか、音声通話定額サービスが広まるなどの効果をもたらしている

だがそこで見逃してはならないのが、消費者は携帯電話会社を価格だけで選んでいる訳ではないという事実である。確かに料金が安ければメリットは大きいが、安くても携帯電話がつながらなかったり、通信速度が安定しなかったりすれば、大きな不満を抱え使わなくなってしまうのだ。その事実を象徴しているのがPHSである。

PHSは1995年のサービス開始後、携帯電話より料金が安いことから若い人達を中心に契約を急速に伸ばしたのだが、携帯電話より電波の出力が弱くエリア整備に時間がかかる仕組みであったため、増えるユーザー数にエリアカバーが追い付かず、「つながらない」という負のイメージが定着し急速に人気を失った。その結果全てのPHS事業者が経営危機を迎え、DDIポケット(後のウィルコム、2010年に経営破たんし現在はソフトバンクのワイモバイルブランド)以外は親会社などに吸収され、消滅してしまった。

また2006年にボーダフォンの日本法人を買収して携帯電話事業に参入した現在のソフトバンクも、当初は「0円」を強調したプロモーションを展開するなど料金の安さをアピールする戦略に打って出ていた。だが消費者からはネットワークに対する不満が噴出したことから方針を改め、料金よりもネットワーク整備に重点を置くようになったことで、信頼を得るに至っている。

そうした歴史があるだけに、新規参入の楽天が競争を加速させるためにはネットワークの充実度を高めることが不可欠だ。それができなければ、仮に楽天が料金競争を仕掛けたとしてもその影響は一時的なものにとどまり、再び競争停滞を招いてしまうだろう。