総務省の有識者会議で、携帯電話のキャリア各社に分離プランの導入を求めることなどを盛り込んだ緊急提言案が公表された。菅義偉官房長官の発言に端を発した、料金値下げの切り札とされる分離プランの導入だが、なぜ行政はこれほどまで熱心なのだろうか。
総務省が緊急提言案で分離プラン導入を要請
2018年8月に、菅官房長官が携帯電話料金の値下げに言及して以降、料金に関する大きな動きが相次いでいる携帯電話業界。その発言を受けて新たに実施されたと見られる総務省の有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」で、2018年11月26日に「モバイルサービス等の適正化に向けた緊急提言」という緊急提言案が公表された。
この緊急提言案で言及している要素はいくつかあるのだが、中でも注目されているのは通信料金と端末代金の完全分離、俗にいう「分離プラン」の導入をキャリアに要求していることにある。
これまで携帯電話の料金は、通信料金と端末代を一体にし、毎月の通信料金に端末代の値引き分を上乗せすることで、「実質0円」など端末価格を大幅に値引いて販売してきた。この仕組みによって日本では高性能の携帯電話やスマートフォンがいち早く普及し、多くの人たちが最先端のネットワークやサービスを利用できるというメリットをもたらしたのだが、一方でいくつかの問題点も生み出していた。
その1つは、端末を頻繁に買い替える人は大幅値引きの恩恵を受けて得をするが、同じ端末を長く使う人は値引きの恩恵が受けられず損をするという、不公平感があること。そしてもう1つは、端末の割賦や長期契約を前提とした割引が複雑に絡み合っているため、料金の仕組みが分かりづらく、解約や他社への乗り換えがしづらいことである。
そこで通信料金と端末代を完全に分離し、通信料金への端末代の上乗せを禁止することで、毎月の通信料金を安くし、シンプルで公平な料金を実現したいというのが、緊急提言案の背景にある総務省の考えだ。分離プランの導入だけでなく、KDDI(au)の「アップグレードプログラムEX」に代表される、4年間の割賦を前提とした買い方プログラムに関しても、機種変更が値引きの条件となることで契約を強く縛るとして、抜本的な改善を求めている。
分離プラン自体は既にauとソフトバンクが導入しており、NTTドコモが2019年春の導入を発表している。だがこの提言案が通れば、キャリアは通信料金を原資とした端末の値引きが一切できなくなるため、最新のネットワークやサービスを利用できる高性能な端末を、自ら安価に販売して広める手段を完全に失うこととなる。ビジネスの大幅な転換を迫られるのは必至だろう。
しかしなぜ、総務省はそれほどまでに分離プランの導入を強く要求しているのだろうか。その理由は、分離プランの導入が総務省、ひいては行政にとって“10年越しの悲願”だからである。
10年前からなされていた分離プラン導入の議論
実は総務省が分離プランに言及したのは2007年のこと。当時開かれた有識者会議「モバイルビジネス研究会」で、既に分離プランの導入に関する議論がなされていたのだ。
2007年といえば、iPhoneが日本で発売される直前の“スマートフォン前夜”で、「iモード」に代表されるように、キャリアがネットワークだけでなく端末、サービスの全てを用意する、垂直統合型のビジネスを展開していた頃だ。そのため携帯電話市場におけるキャリアの影響力が非常に強く、市場構造が硬直化し寡占が進んでいたことを総務省が問題視していた。より多様なビジネスができるよう、MVNOの参入や分離プランの導入、SIMロックの解除などについて議論がなされていたのだ。
さらに言うと、このモバイルビジネス研究会ではキャリアが分離プランを導入するべきという結論に至っており、それを受けて大手キャリアは一度、分離プランを本格的に導入したことがあるのだ。実際2007~2008年にかけての、NTTドコモの「バリュープラン」やauの「シンプルプラン」などで、分離プランの本格導入がなされている。
だがその後、分離プランの存在は薄くなり、再び通信料金と端末代の一体化が進んでいく。その理由の1つは、分離プランの導入によって端末代の値引きがなくなり、携帯電話の販売台数が激減したことだ。
実際、電子情報技術産業協会(JEITA)の発表によると、分離プランの導入が本格化した2008年度の国内携帯電話の出荷台数は3,585万と、2007年度の出荷台数(5,167万)からたった1年で3割以上減少している。このことが国内の携帯電話メーカーの弱体化につながる一因となっただけでなく、分離プランが「官製不況」と呼ばれ、総務省が批判されることにもなった。
そしてもう1つは、その後スマートフォンが爆発的に普及したこと。大手キャリアがスマートフォンの販売に力を入れ他社から顧客を奪うべく、実質0円、一括0円どころか5万円、10万円ものキャッシュバックが飛び交う激しいスマートフォンの値引き合戦を繰り広げ、分離プランの存在が薄れていったのだ。そうしたキャリアの過剰な端末値引きが行政の怒りを買い、結果的に今回の緊急提言案に至った大きな要因の1つにもなっている。
ちなみにモバイルビジネス研究会が実施されていた当時の総務大臣は現在の菅官房長官であり、現在の総合通信基盤局長である谷脇康彦氏は、当時は総合通信基盤局の事業政策課長として、モバイルビジネス研究会に大きく関わっていた。そうした意味でも、今回の緊急提言案と分離プランの導入は、行政側にとって10年越しの悲願だったといえる訳だ。
だが一方で、端末メーカーにとっては、10年前に起きた官製不況が再び訪れることが確実な情勢にもなっている。2020年に次世代の「5G」ネットワーク導入が見込まれる中、それに対応するスマートフォンの販売が不振などとなれば、5Gの普及にも大きな影響を与えかねない。それだけに分離プラン導入の成果だけでなく、その反動による影響がどのような形で浮かび上がってくるのかにも、しっかり注視しておく必要がある。