2018年8月に菅義偉官房長官が、携帯電話の料金は4割下げる余地があると発言したことが大きな波紋を呼んだ。それを受けて携帯各社が立場を表明せざるをえなくなったりと、いまだに余波は続いている。なぜ国を仕切るような人達が、携帯電話料金の引き下げにこだわったのだろう。
発端は菅官房長官の「4割引き下げ」発言
2018年8月21日、菅義偉官房長官の「携帯電話の料金は4割程度引き下げる余地がある」という発言が、携帯電話業界にとても大きな波紋を呼んだ。
この発言の背景には、スマートフォンの普及によって、携帯電話料金が家計に占める割合が年々高まっていることにあるようだ。菅官房長官は発言の根拠として、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、日本の携帯電話料金が平均の約2倍であるなど諸外国と比べ携帯電話料金が高いこと、2019年に携帯電話事業への参入を予定している楽天が、既存事業者よりも安い料金で参入する方針であることなどを挙げている。
4割引き下げ発言の余波はその後も続いた。実際、2018年9月に実施された沖縄県知事選において、政権与党である自民党らが応援する候補が、携帯電話料金の4割削減を目指すことを、公約の1つとして掲げて選挙運動をした。各種報道を見るに、この公約は若者から支持を得るための目玉の1つとなっていたようだ。
ここ最近携帯電話業界の競争促進のため市場ルールの見直しを進めてきた総務省や公正取引委員会なども、発言を受けて再び携帯電話の料金などに関する議論を活発にしていくと見られる。このように、官房長官の携帯電話料金4割引き下げ発言は、携帯電話業界に非常に大きな影響を与えているのだが、実は政府関係者が携帯電話料金の引き下げに言及するのは、今回が初めてではない。
記憶に新しい所では、2015年に安倍晋三首相も携帯電話料金の引き下げに言及している。これを受けて総務省のICTサービス安心・安全研究会が「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」を実施し、その結果、スマートフォンの「実質0円」販売に代表される、端末価格を過度に値引いて販売することが事実上禁止されるなど、市場に大きな影響が及んだ。
大手3社は「競争せず儲けすぎ」は本当?
しかしなぜ、首相や官房長官など、国を仕切る人物が、相次いで携帯電話料金の引き下げを求める発言をしているのだろうか。その理由は、携帯電話会社が比較的国内に限られた事業を展開していながら、長期にわたり高い利益を上げ続けていたことが要因として考えられる。
2017年度の各社の通期営業利益を見ても、NTTドコモが9,733億円、KDDIが9,627億円と、いずれも1兆円に迫る規模だ。ソフトバンクはまだ上場していないが、その親会社であるソフトバンクグループの営業利益は1兆3,038億円で、うちソフトバンクを主体とした国内通信事業の利益は6,829億円と、半分近くを占めていることが分かる。
2017年度の通期決算で1兆円規模の利益を出している日本企業は、他にNTTドコモの親会社である日本電信電話(NTT)と、トヨタ自動車くらいしかなく、それに続くのも自動車会社が主。だが自動車会社は国内だけでなく海外でも利益を上げているが、通信会社、特に携帯電話会社は利益の多くを国内で稼ぎ出している。
また自らインフラを敷設する携帯電話会社は、20年にわたる再編を経てNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3グループに集約され、競争停滞が続いている。首相や官房長官はその競争停滞が通信料金の高止まりにつながり、携帯電話会社が儲けすぎていると見て、国民からの支持を得るべく料金引き下げに言及するようになったといえそうだ。
だがそもそも、政治家が民間企業が提供するサービスの料金に対して言及すること自体、民事介入であり好ましいものではないし、日本の携帯電話料金が本当に高いのか? ということに疑問を持つ専門家もいる。また確かに大手携帯キャリア同士の直接的な競争は停滞しているが、「ワイモバイル」など大手キャリアのサブブランドや、低価格サービスを提供するMVNOらによる競争は激化の一途をたどっており、実は携帯電話料金を安く抑える選択肢は大幅に増えている。
また大手キャリアは高い利益を得ている一方で、携帯電話のネットワークインフラ改善に向けた投資には毎年数千億円規模の金額を費やしている。それが世界有数の充実した携帯電話ネットワークを作り上げていることも事実だ。もし利益が急速に落ちてしまえば、そのしわ寄せとして地方を中心にインフラ面で大きなデメリットが生まれることも考慮すべきだろう。筆者はといえば、携帯電話市場に関する多角的な評価なくして、国が携帯電話料金引き下げに言及するのは、やはりナンセンスではないかと感じている。