2024年12月5日、総務省は改正した「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」の内容を公開したが、その中には新たに、6カ月間にわたって上限2万2000円まで割り引くことができる「お試し割」というべき内容が盛り込まれている。この割引施策が認められた背景には楽天モバイルが大きく影響しているが、お試し割の解禁は市場にどのような影響をもたらすだろうか。

楽天モバイルの提案から急浮上したお試し割

ここ数年来、年末には総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」の議論を受け、電気通信事業法やそのガイドラインの改正がなされることが定例化している。このWGは主として携帯電話市場の競争環境に関するルールの議論がなされており、主な議論のテーマとなっているものの1つがスマートフォンの値引き規制だ。

かつて一般的だったスマートフォンの大幅値引きは、企業体力のある大手しか実現できないので公正競争を阻害するとして相次いで規制をかけてきた。実際、2024年12月5日に総務省が公表した「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」の改正内容を見ると、2023年のいわゆる「1円スマホ」の規制に続いて、新たにソフトバンクらが今年力を入れてきた、端末購入プログラムを活用したスマートフォンの大幅値引きを規制する施策が打ち出されている。

だが先のWGで議論されている内容はスマートフォン値引きだけではない。それゆえ今回のガイドライン改正ではスマートフォンの値引き規制以外にも大きな変更がいくつかなされており、その1つが「お試し割」の解禁だ。

これは名前の通り、消費者が他社サービスの通信回線を試しやすくするもの。具体的には新規契約者に対し、6カ月間にわたって、上限が2万2000円までの割引をすることが認められるという。ただしお試し割適用できるのはブランドを問わず1社当たり1回までなので、同じ会社のメインブランドからサブブランドに乗り換えて再び割引を適用することなどはできない。それでも回線を乗り換えることで6カ月間は割引が得られるメリットは大きいだろう。

  • 総務省が最大6カ月の「お試し割」を解禁、楽天モバイルとMVNOに与える影響は

    総務省「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」(令和6年12月5日改正版)より。新規契約を条件とする割引の規制に例外が設けられ(赤枠部分)、6カ月間にわたって2万2000円までの割引が「お試し割」として認められることとなった

しかしながら、長らく議論がなされてきたスマートフォンの値引き規制とは違い、お試し割の議論は2024年になって急浮上したものでもある。なぜ総務省が突如、お試し割をガイドラインに盛り込む見至ったのかというと、そこに大きく影響したのが楽天モバイルだ。

そもそもお試し割に類する施策を提案したのは楽天モバイルであり、同社が先のWGの第53回会合において、新規参入事業者への規制緩和を求めたことから議論が始まっている。現状、楽天モバイルを含む携帯4社は全て、スマートフォン値引き規制などが定められた電気通信事業法第27条の3の規律対象となっているが、楽天モバイルとそれ以外の3社のシェアには非常に大きな差がある。

にもかかわらず、楽天モバイルも他の3社と同じ規制が適用されてしまうことから、シェア10%以上の事業者のみを対象とし、シェアが小さい現状の楽天モバイルは対象外すべきと要求した訳だ。楽天モバイルは規律対象外となってもスマートフォンの大幅値引きはしないとする一方、自社回線サービスの月額料金を6カ月間無償で提供、あるいは全額ポイントバックするなど、同社のサービスを“お試し”できる施策を実現した意図訴えたのである。

  • 「競争ルールの検証に関するWG」第53回会合の楽天モバイル提出資料より。シェアが小さい楽天モバイルは電気通信事業法第27条の3の規律対象外とすることを求め、その上で月額料金を6カ月無料にするなど“お試し”を実施したいとしていた

その後議論の末、総務省では規律対象の事業者を見直すこと自体は見送った一方で、楽天モバイルの意見を一部取り入れる形で、先の形でお試し割を認めることをガイドラインの改正によって盛り込んだのである。それゆえ今後、楽天モバイルに限らず規律対象の携帯4社全てがお試し割を実施できることとなる。

中・低価格帯と相性がよくMVNOは苦戦か

ただお試し割の期間が6カ月に限定されていることを考えると、いわゆる金融・決済とセットになった“ポイ活”系のプランに注力する携帯各社のメインブランドでは活用しづらい。恩恵をフルに受けるためには他に銀行口座やクレジットカードなど、携帯電話回線以外にも契約が必要なものが多く、都度それらの契約をするにはかなりの手間と労力がかかってしまうからだ。

それゆえお試し割を積極活用するのは楽天モバイルと、携帯3社のサブブランドや低価格の料金プランとなることが予想されるのだが、そこで注目されるのは、1つに中・低価格帯での値下げ競争が一層拡大する可能性だ。

2024年にNTTドコモが「ahamo」の通信量を30GBに増量を図って以降、他社がこれに追随し中価格帯の実質的な値下げが進んだ。そこに親和性が高いお試し割が加わることで、中・低価格帯での獲得競争が一層激化しさらなる料金引き下げが起きる可能性があるだろう。

  • ソフトバンクのプレスリリースより。同社のサブブランド「ワイモバイル」は2024年12月12日、「シンプル2M」のデータ容量を20GBから30GBに増量すると発表しており「ahamo」の実質値下げ影響は現在も続いていることが分かる

もちろん値下げは消費者にとって喜ばしいことなのだが、さまざまなモノの値上げが進む中にあって、携帯電話料金だけは政治主導で値下げが進む一方であり、それが携帯各社の業績を悪化させる要因にもなっている。そして業績悪化はインフラ投資の低下、ひいては2023年にNTTドコモが生じさせたような、著しい通信品質の低下などにもつながってくるだけに、過度な値下げ競争は懸念される所でもある。

そしてもう1つはMVNOへの影響だ。企業体力の大きい携帯4社がお試し割の競争を加速させ、中・低価格帯での競争が強まると、同じく中・低価格帯に強みを持つ一方で、企業体力が弱く、対抗する値引き原資を確保できないMVNOの競争力を低下させることにもつながってくる。

それだけに、先のガイドライン改正に際してはMVNO関連の事業者や団体から、お試し割への懸念や問題点を指摘する声がいくつか挙がっていた。携帯大手3社による市場寡占を解消したい総務省にとって、お試し割は楽天モバイルのシェア向上が見込める一方、MVNOのシェアが低下する諸刃の剣となりかねないだけに、解禁後MVNOにどのような影響を与えるかは大いに関心を呼ぶところだろう。

  • 「『電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン』の改正案に対する意見及びそれに対する考え方」より。改正に向け寄せられた意見には、お試し割の条件や提供期間に対する疑問や、いわゆる「ホッピング」行為などの懸念も指摘されていた