シャープは2024年5月8日に、新機種「AQUOS R9」と「AQUOS wish4」の発売を発表した。いずれも当初からインドネシアなどに向けて販売するなど、海外市場開拓に攻めの姿勢を見せる一方、1インチのイメージセンサーを搭載した2023年の最上位フラッグシップモデル「AQUOS R8 Pro」の後継が登場しなかったことには驚きもあった。シャープのスマートフォン戦略にどのような変化が起きているのだろうか。
様相が異なる「AQUOS R」「AQUOS wish」の新機種
ゴールデンウィーク明けからスマートフォン新機種の発表が相次いでいるが、いずれの新機種も従来とは異なる要素が多く、メーカー各社が大幅な戦略転換を推し進めている様子がうかがえる。そうした中の1つに挙げられるのがシャープだ。
シャープは2024年5月8日にスマートフォンの新製品発表イベントを実施し、新たに「AQUOS R9」と「AQUOS wish4」の2機種を、2024年7月以降に発売することを明らかにしている。これらは2023年のモデルでいうところの「AQUOS R8」と「AQUOS wish3」の後継機種に当たるものだが、その中身にはかなりの変化があるようだ。
全体的に変化した要素の1つがデザインであり、デザイナーの三宅一成氏が設立した「miyake design」の監修によって、カメラ部分に独特の曲線を取り入れたデザインに統一化を図っている。だが今回の2つの新機種は、それにとどまらない多くの変化を見て取ることができる。
エントリーモデルのAQUOS wish4に関して言えば、最も大きな変化となるのがディスプレイだ。実際AQUOS wish4のディスプレイサイズは6.6インチとなっており、約5.7インチのディスプレイを搭載していた前機種「AQUOS wish3」と比べ1インチ近く大きくなっている。それに伴い本体サイズも大きくなっており、大画面で見やすくなったが、コンパクトさや片手での持ちやすさは失われてしまった。
一方のAQUOS R9で大きく変わった点となるのがチップセットである。前機種となる「AQUOS R8」はチップセットに、当時最新だったクアルコム製のハイエンド向けとなる「Snapdragon 8 Gen 2」を採用していたのだが、AQUOS R9は同じクアルコム製の最新チップセットではあるものの、1ランク下となるミドルハイクラスの「Snapdragon 7+ Gen 3」を採用している。シャープではチップセットのパフォーマンス自体はAQUOS R8と変わらないとしているものの、最新のハイエンドモデルと比べれば性能が落ちる。
だがそれよりも大きな変化となるのが、最上位のハイエンドモデルが投入されなかったことだろう。2023年の「AQUOS R8」シリーズの場合、スタンダードモデルのAQUOS R8と、1インチのイメージセンサーを搭載したカメラと、ハイエンド向けチップセットの採用による非常に高いパフォーマンスを備えた最上位モデル「AQUOS R8 Pro」の2機種が投入されたのだが、2024年にはAQUOS R9の「Pro」に相当するモデルは登場しなかった。
これまでの歴史を振り返ってみても、シャープが最高性能を備える最上位のハイエンドモデルを投入しなかったことはあまりなかっただけに、今回の新機種ラインアップが相当異例であることは間違いない。
厳しい国内と将来が見込める海外に合わせた変更
しかしなぜ、シャープは2024年、スマートフォンのラインアップや各端末の内容を劇的に変化させたのか。同社の説明から読み解くに、理由の1つは日本でのスマートフォン価格高騰であるようだ。
いわゆる「1円スマホ」が禁止されるなど、政府主導で進められているスマートフォンの値引き規制が一層厳しさを増している上、記録的な円安が2年以上にわたって続いていることから、海外で製造するスマートフォンの値段は劇的に上がっている。その結果、各社の最上位モデルは軒並み20万円前後を記録、消費者が手軽に購入できるものではなくなってしまっている。
シャープのスマートフォンの主な販路は日本市場なので、日本でいまハイエンドモデルを販売しても高過ぎて購入してもらえないと判断。上位モデルはAQUOS R9だけに絞り、なおかつ性能をミドルハイクラスに引き下げて価格を落とすことに重点を置いたといえる。AQUOS R9の価格はまだ明らかにされていないが、オープン市場向けモデルで10万円前後と、ハイエンドモデルと比べればかなり抑えられるようだ。
そしてもう1つの理由は、海外への販路拡大である。シャープはここ最近、東南アジアを中心として海外へのスマートフォン販売を再度拡大させており、今回の新機種は既に進出を果たしている台湾とインドネシアのほか、新たにシンガポールでの販売も推し進める方針を打ち出している。
それゆえ今回の新機種は海外でも販売を拡大するため、海外のニーズに応えた機能・性能の搭載に力が入れられている。AQUOS wish4の大画面化が進められたのは、海外では片手で持ちやすい、コンパクトなスマートフォンのニーズがほとんどないことを意識したものといえるだろう。
またAQUOS R9に関して言えば、海外ではスマートフォンで、大音量で音楽を楽しむ傾向が強い事を意識し、AQUOSシリーズで最大サイズのスピーカーを搭載するなどの工夫が施されている。また国内では低コスト化が求められる中にあって、何らかのライセンス料がかかるであろうライカカメラとの協業を継続し、ライカカメラ監修のカメラを採用したことも、海外のスマートフォン市場ではチャレンジャーとなるシャープが、ライカカメラとの協業を武器として生かしたい狙いが大きいのではないかと考えられる。
それぞれの市場の現状を見れば、シャープが現在のタイミングでこうした戦略を取ること自体が理にかなっていることは確かだ。ただそれでも不安を覚えるのが、厳しい事情があったとはいえ最上位のフラッグシップモデルの開発を見送ったことが、将来的な競争力低下につながりかねないのではないか? ということである。
AQUOS R8 Proのように、メーカーの技術を集結させた最上位のフラッグシップモデルは、そのメーカーの“顔”となる存在でもある。それを投入しないことがハイエンドを求めるユーザーが離れてしまうだけでなく、ブランドイメージの低下につながる可能性も小さくない。
さらに言うならば、高付加価値・高価格のモデルは利益も大きいだけに、それを止めて低価格化を進めてしまうと薄利多売のビジネスが求められることとなる。その結果、低価格端末へのシフトと円安による部材の高騰で利益が出せなくなり、経営破綻へと至ったFCNTの二の舞となってしまうことも危惧される。
もちろんシャープは、既に台湾の鴻海精密工業の傘下にあることから一定のスケールメリットを持っているし、国内だけでなく海外へも事業を拡大しようとしているなど、経営破綻前のFCNTと比べれば置かれている環境はだいぶ違っている。またシャープ自身も、AQUOS Rシリーズの「Pro」モデルの開発を止めた訳ではないとしており、市況が回復すれば再び投入する可能性はあるようだ。
だが世界シェア上位のシャオミが、シャープと同様にライカカメラのロゴを冠したカメラを搭載した、同社の最上位のフラッグシップモデル「Xiaomi 14 Ultra」をあえて投入するなど、非常に厳しい環境の日本市場を好機ととらえ、あえて攻めの姿勢を見せ開拓を積極化するメーカーも出てきている。それだけにシャープも現在の戦略を続けていると、いつ足元をすくわれるか分からないというのが正直な所だ。