KDDIは2022年11月18日、IoTプラットフォームを提供する子会社のソラコムが東京証券取引所へ上場申請したと発表した。2017年に同社を買収した後、グローバル展開を加速するべく上場させることを打ち出していたKDDIだが、現在株式市場は低迷しており決して良いタイミングとは言えない状況にある。上場を急ぐ理由はどこにあるのだろうか。

ソラコムの成長に向けた上場だが時期が悪い

MVNOとして、IoT向けのモバイル通信やプラットフォーム事業に特化した事業を展開しているベンチャー企業のソラコム。サービス提供開始当初から、モバイル通信のコアネットワークなどをAmazon Web Services(AWS)のクラウド上に実装するなど、現在注目される仮想化技術をいち早く取り入れるなどして注目されていた。

 そのソラコムに大きな変化が起きたのは2017年、通信大手のKDDIがソラコムを買収して子会社化したことだ。以後ソラコムはKDDIという強力な後ろ盾を得てサービスを拡大、グローバル展開も積極的に推し進めるなどIoTプラットフォームとしての立ち位置を確かなものとしており、既に国内外で2万超の顧客を獲得、500万回線が利用されているという。

  • 株式市場が低迷する中、なぜKDDIはソラコムの上場を申請するに至ったのか

    KDDIは2017年にソラコムの買収を発表。それ以降、ソラコムはKDDIの後ろ盾を得て事業を急成長させ、契約数も大幅に伸ばしている

そして2022年11月18日、再びソラコムに大きな動きが起きている。それはソラコムが東京証券取引所に上場申請したと発表したことだ。

実はKDDIは2020年に、ソラコムのグローバル展開によるさらなる事業拡大に向けて上場させる方針を打ち出していた。これはスタートアップが大企業の力を借りて成長し、上場を目指す「スイングバイIPO」という同社の考えに基づくもので、グローバル企業としてソラコムをさらに一層成長させる取り組みである。

  • 2020年に実施されたソラコムのイベント「SORACOM Discovery 2020」より。KDDIは買収で大きく成長したソラコムのさらなる成長を見込んで、ソラコムを上場させる考えを明らかにしていた

大企業がスタートアップを支援し、上場させて独立性を高めるという動きはあまりないものだけに、スイングバイIPOの取り組みは非常に興味深いものだ。ただその時期が現在というのは、少々気になる所でもある。

なぜなら上場することを考えた場合、今はロシアによるウクライナ侵攻や米国でのインフレなどによって株式市場が低迷しているからだ。実際、ソフトバンクグループの孫正義氏は積極的なスタートアップへの投資が市況の悪化によって裏目に出て業績が大幅に悪化、当面投資に慎重な姿勢を取り決算説明会にもしばらく登壇しないことを明らかにしている。

そのようなタイミングでソラコムが上場する理由として、発表内容では「経営の独立性や、コーポレート・ガバナンス体制の整備等の一定の準備が整ったと判断」したと記述されている。準備ができたから上場するという姿勢のようだが、ソラコムの資金調達やKDDIの出口戦略として見た場合、タイミングがかなり悪いように思えてしまう。

資金調達を急ぐは通信障害の影響か

にもかかわらずソラコムの上場を急ぐのはなぜか。あくまで筆者の推測に過ぎないのだが、ある意味今回の上場は、同じ通信事業を持つ楽天グループに近い部分も感じさせる。

楽天グループはここ最近、傘下企業の上場に向けた取り組みを相次いで打ち出しており、楽天銀行が東京証券取引所に上場申請したのに続いて、楽天証券ホールディングスも上場に向け準備していることが明らかにされている。

  • 楽天グループは楽天銀行だけでなく、楽天証券ホールディングスの上場に向けた準備も進めている

なぜ楽天グループがこれだけの企業を上場させようとしているのかといえば、やはり楽天モバイルによる先行投資で赤字が続いていることの影響が大きいだろう。大幅に前倒しした基地局整備に一定の目途がついたことで赤字のピークは過ぎたとの見方が出てきているが、一方で以前の料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」で好評だった月額0円で利用できる仕組みを廃止したことで顧客が流出、売上につながる契約者を大幅に増やすことが難しくなっているなど、課題は少なくない状況にある。

そうしたことから楽天グループは外部からの資金調達だけでなく、自社のリソースを用いて資金調達を急ぐ動きを相次いで見せている。市況の悪い中で楽天銀行や楽天証券ホールディングスの上場を急いでいるのも、その一環と見ることができよう。

それゆえKDDIがソラコムの上場を急ぐのも、やはり資金調達を急ぐ必要が出てきたからこそといえるのではないだろうか。ただKDDIの業績を見ると、政府による携帯電話料金引き下げの影響を強く受けてここ最近は減益決算が続いているものの、楽天グループのように赤字が続いている訳ではなく経営自体は健全だ。

それでも資金調達が必要な理由はどこにあるのかというと、考えられる要因の1つは通信障害への対処に向けた追加投資だろう。KDDIは2022年7月に発生させた大規模通信障害で社会的に大きな影響を与えたが、その再発防止に向けた対処として、2022年度から2024年度までの中期3年間で500億円規模の追加投資を実施するとしている。

  • KDDIは2022年7月の大規模通信障害を踏まえ、中期で500億円規模の追加投資をして元々計画していた4Gコア設備の仮想化などを前倒しすることを明らかにしている

その内容は、先の通信障害の発生源となった4Gのコアネットワーク設備を、仮想化技術を採用した基盤へ早期に移行させることが主となるようで、他にもAI技術を活用した障害検知の仕組みの開発などを推し進めるとしている。元々はより先に計画していたものを、通信障害を受け前倒しすることとなったようだが、前倒しするとなればより早く資金が必要になってくることも確か。それに加えて5Gの整備なども進めていく必要があることから、ソラコムの上場で資金調達を急いだと見ることもできそうだ。

もちろんこの上場は資金調達だけでなく、ソラコムの成長に向けた狙いが大きいものであることは確かだろう。だが成長に向けた資金獲得を重視するならば、もうしばらく市況を見極めるという選択肢もあっただけに、通信障害が上場計画に少なからず影響した可能性もあるのではないかと筆者は感じている。