ソニーワイヤレスコミュニケーションズは2022年3月25日、ローカル5Gを用いた固定インターネット接続サービス「NURO Wireless 5G」を、2022年4月1日より提供開始すると発表した。特定の場所に限定して5Gのネットワークを展開する、ローカル5Gをコンシューマー向けに活用する国内初の取り組みとなるが、他の固定通信事業者が同種のサービス展開に踏み切らないのにはどのような理由があるのだろうか。
ローカル5Gの利点を生かした「NURO Wireless 5G」
携帯電話会社以外の企業や自治体が、特定のエリア限定で5Gのネットワークを構築する「ローカル5G」。主として工場や倉庫、港湾など産業向けの活用が見込まれているローカル5Gだが、それをコンシューマー向けのサービスに活用することを打ち出しているのがソニーグループである。
同社は2021年11月に子会社のソニーワイヤレスコミュニケーションズを設立し、ローカル5G事業への参入を発表。その最初のサービスとして、ローカル5Gを活用したインターネット接続サービス「NURO Wireless 5G」を提供するとしていたが、2022年3月25日に改めて同サービスの発表会を実施し、その詳細を明らかにしている。
改めてNURO Wireless 5Gのサービス内容を確認すると、光回線などを引くのが難しい集合住宅に向け、有線の代わりに無線、つまりローカル5Gを用いて固定ブロードバンド回線を提供するというものになる。高速大容量通信が可能なローカル5Gに加え、Wi-Fiの電波も束ねて通信することにより、通信速度は最大で下り4.1Gbps、上り2.6Gbpsと光回線に匹敵する高速通信を実現できるとのことだ。
それでいて無線であることから工事の必要がなく、宅内にレンタルしたルーターを設置し、コンセントに挿すだけで利用できる。料金は月額4950円だが7日間の試用も可能で、本契約後も解約金等は発生しないとのこと。なお提供開始は2022年4月1日からとなる。
消費者からしてみた場合、NURO Wireless 5Gは同じ5Gを使用するという点から、NTTドコモの「home 5G」など携帯各社が提供する、固定ブロードバンドの代替サービスと同じ印象を受けるかもしれない。だがそれらサービスはいずれもスマートフォンと同じ公衆の5Gネットワークを用いているため、周辺でスマートフォンを用いて通信している人が多いと速度が低下してしまうなど、環境に左右されやすい部分がある。
一方のNURO Wireless 5Gは、集合住宅毎に基地局を設置し、ローカル5Gを用いて集合住宅専用の無線ネットワークを構築する仕組みだ。それゆえ周辺のスマートフォン利用者などに左右されることなく、高速かつ安定した通信を維持しやすい点がメリットとなる訳だ。
広域展開する上で課題となる「他者土地利用」
それゆえ建物の構造や配線環境などの理由から、光回線を引くことが困難な集合住宅に住んでいる人にとって、NURO Wireless 5Gが朗報となることは間違いないだろうが、NURO Wireless 5Gには弱点もあるため過度な期待は禁物だとも感じる。先にも触れた通り、NURO Wireless 5Gはサービス対象となる集合住宅毎に基地局を設置する必要があることから、どの建物でもすぐ利用できる訳ではないのだ。
具体的にはソニーワイヤレスコミュニケーションズが需要を見極めた上で、建物のオーナー組合などと交渉、許諾を得てローカル5Gの電波免許取得や基地局設置などを経て、はじめて利用できる形となる。既に基地局が整備されている建物であればすぐ利用できるだろうが、これから整備するとなった場合は順調に進んだ場合でも数カ月から半年はかかるという。
既に環境が整っていれば素早く回線を引くことができる光ブロードバンドや、場所を選ばない公衆の5G網を活用したサービスと比べると、NURO Wireless 5Gは整備にかなり手間がかかることから広域でスピーディーに展開できるサービスにはならないのではないかと考えられる。実際、サービス開始時点でのエリアは東京、神奈川、埼玉、大阪の4都府県の一部地域にとどまっており、提供可能エリアも大都市圏の一部に限定されている。
そして建物毎に基地局を設置しなければサービスを提供できないというローカル5Gの現状が、同種のサービスが広がらない要因にもなっていると筆者は見ている。実はローカル5Gは自身の土地で利用する「自己土地利用」だけでなく、周囲でローカル5Gを利用している事業者がいなければ、他者の土地にも電波を発して通信ができる「他者土地利用」も可能なのだが、他者土地利用の場合端末を完全に固定した状態にし、動かしてはならないという制約がある。
だがより問題の度合いが大きい制約となるのが、現行のローカル5Gの制度は他者土地利用者側にかかる負担とリスクが大きいことだ。実際現行の制度では、ある通信事業者が設置した基地局から、他者土地利用の免許を得て離れたマンションに電波を飛ばしていた場合、その間にある工場が自己土地利用でローカル5Gの利用を始めてしまうと、他者土地利用している通信事業者側が電波干渉を起こさないよう調整する必要が出てきてしまう。
それを避けるには建物毎に自己土地利用で基地局を設置する必要があり、その分手間と負担が大きくなってしまうのだ。本来であればNURO Wireless 5Gのようなサービスは、各地域のケーブルテレビ事業者から出てきてよさそうなものなのだが、それが進んでいないのはこうしたローカル5Gの制度による所が大きいといえる。
実際ケーブルテレビの業界団体である日本ケーブルテレビ連盟は総務省の有識者会議で、他者土地利用に負担のかかる現在の仕組みを変え、他者土地利用側と自己土地利用側が交渉して調整できるようにすることを求めている。ケーブルテレビ事業者は小規模の所が多いだけに、他者土地利用をスムーズにしてローカル5Gを広域展開できなければ固定ブロードバンドの代替としての活用は難しいというのが本音といえそうだ。
ローカル5Gはその制度が始まってから日が浅いこともあり、制度面で改善が求められる部分はまだ多くあるだろう。とりわけコンシューマー向けの活用となれば他者土地利用に関する課題は今後も少なからず出てくると考えられるだけに、行政には利活用の幅を広げるためにもさまざまな課題を解決していくことが求められることになりそうだ。