米クアルコムは2021年12月1日から2日にかけ、「Snapdragon Tech Summit 2021」を実施した。その中ではスマートフォン向けの最新チップセットだけでなく、新たにゲーム機向けのチップセットを提供することが発表されたが、対象デバイスを広げるクアルコムの狙いはどこにあるのだろうか。
ブランド戦略転換で対象デバイスをさらに拡大
スマートフォンなどに向けたチップセット「Snapdragon」シリーズなどで知られる半導体メーカーのクアルコム。同社は毎年年末、Snapdragonシリーズに関する技術イベント「Snapdragon Tech Summit」を開催して新製品を公表しており、2021年も同イベント内で新たなSnapdragonシリーズの発表がなされている。
だが2021年はその発表に先駆ける形で、2021年11月24日に同社からSnapdragonのブランドを新しい体系に移行するとの発表がなされていた。この発表によると、Snapdragonシリーズのチップセットがスマートフォンだけでなく、タブレットやパソコン、ウェアラブルデバイスやXRデバイスなど、非常に多岐にわたるデバイスに採用されるようになったことから、名称をシンプルで一貫性のあるものに変えるとしていた。
そのブランドの変化は、今回のSnapdragon Tech Summitで発表された製品から見て取ることができ、中でもそのことを象徴しているのが「Snapdragon 8 Gen 1」である。これはハイエンドスマートフォン向けの高性能チップセットの最新版で、2021年に発売されたハイエンドスマートフォンの多くに搭載されている「Snapdragon 888」の後継に当たるものなのだが、先の名称のルール変更によって数字はハイエンド向けであることを示す「8」のみとなり、その後ろに世代を示す内容が付与されるようになっている。
もちろん名称以外の部分が大きく変わった訳ではないので、Snapdragon 8 Gen 1は非常に高い性能を備えた内容に仕上がっていることが分かる。特に通信面に関しては、新しいモデム「Snapdragon X65 5G」を搭載して下り最大10Gbpsの通信速度を実現するとしており、モデム開発に強みを持つ同社ならでは特徴を生かした内容となっている。
だが名称ルール変更の背景にあるデバイスの多様性という部分でも、今回の発表では大きな変化を見て取ることができた。その1つはパソコン向けの新しいチップセットの投入で、新たにハイエンド向けの「Snapdragon 8cx Gen 3」と、エントリー向けの「Snapdragon 7c+ Gen 3」の2つを投入することを明らかにしているのだが、より注目されたのは「Snapdragon G3x Gen 1」の投入であろう。
これは携帯ゲーム機向けのチップセットで、4K解像度とフレームレート144fps、最大10億色階調、そして通信面でもWi-Fi6/6Eや5Gをサポートするなど、ゲームプレイを快適にする上で重要な性能を重視した設計となっているようだ。プレイできるゲームはAndroidのネイティブアプリやマイクロソフトなどのクラウドゲーミングプラットフォームなどとされており、あくまで既存のゲーミングプラットフォームが対象となるようだ。
さらにクアルコムは、ゲームの周辺機器などを手掛ける米Razerと、Snapdragon G3x Gen 1を搭載した開発者向けゲーミングデバイスを開発、提供するとしている。このデバイスは6.65インチの有機ELディスプレイに加えジョイスティックやボタンなどが装備されており、ゲーミングを強く意識した内容であることを見て取ることができる。
新たな市場にいち早く目を付け優位性を獲得
携帯ゲーム機はスマートフォンゲームの台頭に押される形で市場が大きく縮小しているのだが、それにもかかわらずなぜ現在のタイミングで、クアルコムが携帯ゲーム機向けのチップセットに力を入れようとしているのか。その背景にあるのはスマートフォンの存在と、近年のゲーミング需要の高まりであろう。
スマートフォンは性能の大幅な向上によって最近ではAAAクラスのゲームも楽しめるようになり、スマートフォンゲームを対象としたeスポーツの人気が高まるなどモバイルでのゲーミングが大きな盛り上がりを見せてきている。それに伴って最近ではエイスーステック・コンピューターの「ROG Phone」シリーズなど、ゲーミングに特化したスマートフォンも増えてきている。
だがスマートフォンはあくまで汎用デバイスで、ゲームに特化したインターフェースを備えている訳ではない。そこでスマートフォンをはじめとした汎用機器向けのゲームを、より快適にプレイできるゲーム専用デバイスに市場性があるとして、開発に取り組む企業が出てきているようだ。スマートフォン向けプラットフォームではないが、Steamのゲームをプレイできる携帯型ゲーム機「Steam Deck」なども、ある意味そうした流れの中から生まれてきたものといえる。
ただ現時点でそうした市場が明確に形成されている訳ではなく、まだいくつかの企業が可能性にチャレンジしているという段階だ。そうしたタイミングでクアルコムがチップセットの提供に動くというのはかなりチャレンジ要素が強いようにも感じるのだが、裏を返せばそれだけ同社がモバイルゲーミングに大きな可能性を抱いていることの表れともいえるだろう。
そして新しいデバイス向けに積極的にチップセットを提供し、市場を開拓していくことは、スマートフォン向けなどで競合している台湾のメディアテックとの差異化要素にもつながってくる。とりわけ最近では低価格スマートフォンのニーズが強まっていることもあって、低価格向けに強みを持つメディアテックがシェアを拡大していることから、クアルコムとしてはスマートフォン向けチップセットを強化するだけでなく、それ以外のデバイスでも先手を打つことで競争上の優位性を確保していきたい狙いがあるといえそうだ。