Long Term Capital Management(LTCM)は、私がニューヨーク時代に住んでいたコネチカット州グリニッジという町に本拠を置くヘッジファンドでした。

ドリーム・チームの成功と失敗

グリニッジはとても景色が良く、海の向こうにはロングアイランドが見える森の町です。美しい湾に突き出した背の低いビルに、他のヘッジファンドとともにLTCMもオフィスを構え、毎朝ヨットで通勤してくる社員もいました。ちなみに、この地域には今でも米系ファンドの約8割が集中していると言われています。

毎朝船で通勤してくる社員も(画像はイメージ)

LTCMは、FRBの元副議長やノーベル経済学賞を受けた経済学者といった著名人がボード・メンバー(取締役会)に加わっていたことから「ドリーム・チームの運用」と呼ばれたヘッジファンドで、ファンド創始時としては史上最高額となる資金を世界中から集めました。

運用方針は流動性の高い債券がリスクに応じた価格差で取引されていないことに着目し、実力と比較して割安と判断される債券を大量に購入。反対に割高と判断される債券を空売りする、いわゆる、システムを駆使したアービトラージ取引(裁定取引)でした。

市場に対して中立的な方針をとるLTCMの運用は1998年初めまで成功し、当初の投下資金は4年間で4倍に膨れ上がり平均の年間利回りは40%を突破しました。

しかし、その頃既に相場環境に変化が現れていました。 1997年に発生したアジア通貨危機とそのあおりをうけて1998年に発生したロシアの財政危機により、投資家の間に新興国の株・債券は危険だという恐れが急速に広がり、投資資金を引き揚げて先進国へ大量に移すようになりました。

これに対してLTCMはこのような動揺は数時間から数日のうちに収束し、いずれ新興国の株・債券の買い戻しが起こるとして、それに応じた逆張り的なポジションをとりました。しかし投資家の不安心理は収まらず、むしろますます新興国・準先進国からの資金引き上げを加速させていき、とうとうLTCMのポジションは大幅な損失を生み、破綻に追い込まれました。

このLTCMの破綻のあおりを受けて、他のヘッジファンドは金融機関の融資が打ち切られたことから、そのとき大量に保有していたドル/円のロング(買い持ち)ポジションをいちどきにしかも大量に手じまい資金化に走り、ドル/円は1998年10月にたった3日間で136円台から111円台まで約25円の大暴落を見ることになりました。

LTCMの破綻と大暴落で学んだこと

この大暴落で学んだことは、いくつもあります。

まずこのときのLTCM自体から学んだことは、好成績を上げていたことからのおごりや、システム頼みにしていた油断から、マーケットで何が起きているのかということの重大さを的確に把握していなかったり、また、マーケットセンチメント(市場心理)をあえて知ろうとする努力に欠ける行為は、決してしてはならないということでした。

つまり「実際に現場で起きていること」、もっと詳しく申し上げるなら「チャートを見るだけでは起きている事態を読み解く発想力は生まれない。現場から疑問を見つけ、納得できないことがあれば何度でも現場を見ると見えなかったものが必ず見えてくる」という「現場百遍」を全く忘れてしまっていたことです。

そして市場参加者の一人としてこの大暴落でわかったことは、市場からプライスが消えるという事態が実際にありえるということでした。

これが意味することは、言うのも恐ろしいですが、もしもドル/円のロングポジションを持っていて、しかもストップロスを入れていても、ロスカットできない事態はありえるということです。もっと具体的に申し上げれば、マーケットにはオファー(Offer、買値)はあっても、ビッド(Bid、売値)が存在していないため、ただ気配値としてオファーが下がっていくだけで取引は成立しないということです。

結局は当初置いたストップロスレベルから何百ポイントもアゲンスト(不利)になるけれども、辛うじてある小さなビッドを叩くしかストップロスは成立しないという事態も実際にありえるということです。

これは常日頃からそういうこともあると認識した上でトレーディングする必要があるということですし、またこれがマーケットの本当の怖さだということです。誰にも文句は言えません。また誰も助けてはくれません。

相場の世界で生き抜くためには

多くの個人投資家層が信望するテクニカル分析ですが、例えばストキャスティクスが売りすぎのサインを出し、多少保ち合い(もちあい)状態になって買いサインが出ても、マーケットはそんなことにお構いなし更にどんどん下がるリスクがあります。ヘタにテクニカルな買いサインを信じて、マーケットエントリーをしたらとんでもないことになりかねません。

したがって、テクニカル分析だけでなくそのときになにが起きているのかということの重大さ、言い換えれば、事の発端になった事象のマグニチュードの大きさがどれ程のものかを認識するために、いわゆるファンダメンタルズ分析も大相場であればあるほど必要だということです。

今回お話したようなメガクラスの大相場では、とんでもないことが起きます。ある意味、「危ない!」と思う動物的本能に素直に従うことも大事ですし、何が起きているかという情報収集能力も必要です。

個人投資家層の方それぞれに、いろいろご事情ももちろんあると思います。しかし、相場の世界で生き抜いていくためには最終的な判断は自分で決めていくという気概が必要だと思います。

※画像は本文とは関係ありません。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら