米当局の意図は?

米当局は独自動車大手フォルクスワーゲンに対して、最大180億ドル(約2兆1600億円)の制裁金を科す可能性があります。

180億ドルは160億ユーロぐらいになり、インターバンクの言い方をすれば1万6千本のユーロという、すさまじい金額です。

もちろん、フォルクスワーゲンはグローバル企業ですから、制裁金を全てユーロを売ってドルに換えて工面するということはしないと思います。

しかし、制裁金を払うために結構な額のユーロ売りが出る可能性はあると思います。

こうした具体的なユーロからドルへの資金フローは、相場を一方向、この場合であれば、ユーロ安方向に動かす可能性がありますので、警戒が必要です。

ユーロ/ドル 月足

ところで、なぜ今のタイミングで、米当局はこの不正問題を明らかにしたのか、そこには、過去に日本も米国から受けたのと似通った政治判断が働いているように思えてなりません。

昨年からの強烈なドル高により、FRBのイエレン議長、フィッシャー副議長あたりから、相当不満が出ていました。

このドル高は、米貿易赤字の拡大を呼びました。

そして、米貿易赤字が拡大した相手が、ユーロ圏であり、しかも、その稼ぎ頭は、ドイツでした。

ユーロ圏は景気後退から、ECBは、ドラギ総裁を先頭に、ユーロ/ドルをユーロ安に誘導したことによって、ユーロ安ドル高を生みました。

その結果、米国はドル高で輸出が伸びず、一方、ユーロ圏の輸出が伸びるという不均衡が生じました。

因みに、今年の第1四半期のGDPなど米国よりユーロ圏の方が良かったぐらいです。

そんな時に、米当局は、フォルクスワーゲンがビートルを含むモデルの排出ガス基準データを改竄していたことを発表し、巨額の制裁金に加え、刑事訴追を受ける可能性も出てきているわけです。

つまり、米国は、貿易取引でユーロ圏に取られた富を取り返そうとする政治判断が働いたのではないかと考えました。

過去、日本も経験

1985年9月にニューヨークのプラザホテルで開かれたG5(5カ国財務相・中央銀行総裁会議)で、貿易不均衡を通貨調整で是正することになりました。

いわゆる、プラザ合意です。

この合意の本来の目的は、米国が貿易赤字になる一方、日本が膨大な貿易黒字になったことに業を煮やした米国の、日本たたきでした。

この会議は、日曜に開かれ合意されましたが、翌月曜日、政府日銀のドル売り介入、さらに日銀による円高を狙った円金利の高め誘導が実施され、前週末240円だったドル/円は月曜一日で、20円も下落しました。

そして、10年後の1995年には、一時79円75銭まで下落しました。

ドル/円 月足(1985年~2001年)

79円75銭を丸めて80円としますと、1985年に240円だったドル/円は、なんと10年間で160円もドル安円高になりました。

このすさまじい円高によく日本の多くの輸出企業は絶えられたものだと感心します。

しかし、米国とは、そういう強権を発動する国なのです。

当時、日米の力関係は、今よりもずっと日本の立場は弱かったことで、この無理難題をおしつけてきたわけです。

今は、時代が変わり、少なくとも、先進国の間で、直接的に為替をいじるという強権発動はできなくなっているものと思われます。

その代わりにもっと、合法的かつクレバーな(かしこい)やり方で、ドイツから米国へ富の移し替えがなされようとしているものと、この一件から感じました。

しかし、プラザ合意の時も、一番の不均衡の原因は、自動車とされましたが、今回も自動車です。

1台あたりのロットが大きいから、狙われやすいということなのでしょうか。

あるいは、裏に米ビッグスリーが働きかけているのか、それは憶測の域を脱し得ません。

ただし、こうした、国・地域の間で、政治が働くこともあることを、相場をやる上では理解しておくことが必要だと思います。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。