私はニューヨークに駐在していた頃、トレーディングでいろいろな経験をしました。その中でも、忘れられないエピソードをお話ししてみたいと思います。

NY駐在時の忘れられないエピソード

あるとき、大台は忘れましたが、例えばドル/円の113.00以上には、日本の輸出企業からの売りオーダーが死ぬほどあって上は鉄壁だと、マーケットでは言われていました。

しかし、なぜかプライスは徐々にその113.00に吸い寄せられ、112.90-00近辺で保ち合い(もちあい)状態になって、どう見ても買い気が強い状態になっていました。

そこへ、日本のお客さんから私の直通番号に電話が。挨拶もそこそこに、「お騒がせしますが、ドル/円で200本プライス(2億ドルのツーウェイプライス)をお願いします」とのことでした。

200本(2億ドル)と言えば、1銭アゲンスト(不利)で200万円、10銭アゲンストで2,000万円のロスがでるサイズです。

瞬間的に、自分が感じる買い気の強さとマーケットで言われている113.00以上の死ぬほどあるという売りオーダーを比べてみて、ここで売ってこられても逃げられるが、買ってこられたら逃げられないと自分が値動きから感じる強さを信じ、マーケットが112.90-95のところで、112.95-00でプライスを提示しました。

そうしましたところ、そのお客さんは、「マイン(Mine、買った)」とおっしゃって取引は成立。私は、200本のショートを持ったわけです。お礼を申し上げて電話を切るなり、私のアシスタントのアイルランド系アメリカ人のデニースに、”I need 200!(200本買わなくちゃならない!)"と叫びました。

今まで私が日本語でボソボソ電話していたので、そんなことになっているとは知らなかった彼女は、”Oh!,boy!(えー!)"と叫びつつ、"Hey, guys(みんな、聞いて!)" とチームの連中に大声で指示し、他の銀行をディーリングマシンや電話で、片っ端から呼びました。

そして、チームのみんなが伝えてくる他の銀行の出してくるプライスを、私は買いまくりました。

積極的にリスクをとることで有名な銀行、バンカーズトラストなどは、呼び返してきて、"What's your price?(おまえのプライスを出してみろ)"と、挑みかかってくる始末で、なにしろ大騒ぎのうちに、200本を無事買い終わりました。

その間、プライスは、112.90-00の間で動いていませんでしたが、買い終わってしばらくして、ロケットの発射を見ているような気になるほど、ズズズーッという感じで113.00を上に抜け出し、それからは速かった。ものの30分掛かるか掛からないかのうちに、2円ブチ上がったのでした。

このエピソードから申し上げたかったことは、値動き分析への目覚めでした。

値動き分析とは

値動き分析とは、私がご紹介しているもので、要は、値動きからマーケットのポジションの偏りやセンチメントを推し量るものです。

今回お話ししましたように、2億ドルプライスを求められ、上には死ぬほど売りがあるという噂があり、しかし、下は戻りを売って下がらないので買い戻そうとする有象無象の買いがありました。この二者のどちらが強いか弱いか、それによって、顧客に提示するプライスが違ってくるという究極の選択を値動きで瞬時に判断したわけです。

これにより、それまで、自分の気持ちの中で曖昧模糊としていたものが明確になり、値動きでの相場分析の第一歩を踏み込んだと思います。

とは言え、それが人様の前で、説明できるまでには、まだ結構な時間が掛かりました。イメージしているものを、言葉にすることのむずかしさがよく分かりました。

値動き分析は、テクニカル分析、ファンダメンタルズ分析に並び称されると思います。

また、基本的に、プライスとはスプレッドを抜けば、世界中で同時に相場が動いている以上、世界同一レートのはずですので、値動きから、世界全体のマーケットのポジションの偏りとセンチメントが分かるものと考えています。

今後、さらに、解読していきたいと思っています。

水上紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀において為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売された。詳しくはこちら