連載『円の行方、ドルの行方』では、ロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍、 現在、バーニャ マーケット フォーカスト代表で外国為替ストラテジストの水上紀行氏が、為替相場の現状と見通しについて解説します。


東日本大震災以降の貿易収支の推移

ドル/円相場の大きな転機は、2011年3月に発生した東日本大震災でした。

これにより、全国すべての原発が停止し、その代替エネルギーとして、液化天然ガス(LNG)が大量輸入されました。

大量輸入が意味することは、多額の輸入代金を支払うために、多額のドルを銀行から買い、日本に輸出した海外企業に支払うということになります。

そしてこれによって、貿易収支はそれまで長らく続いた黒字から赤字に転落しました。

さらに、原発停止が長期にわたっているため、ドル買いがとめどなく出るようになったため、2012年2月から2015年の6月頃までの約3年4カ月の間に、ドル/円は50円近くの上昇を見ました。

2011年以降のドル/円相場(月足)

また、円安要因は液化天然ガスのみならず、産業全般に輸入体質となったことも大きな理由です。

ところが、2014年の7月以降、原油が1バレル105ドル近辺から急落し、今年に入り一時37ドル台までに大幅に下落しました。

原油価格の急落(週足)

貿易収支が赤字に転落したのが2011年ですが、それから毎年赤字は膨らみ、2014年には12兆7千億円まで達していましたが、この大幅な原油安によって本年に入って、貿易赤字は劇的に縮小し、試算ベースでも、年間で8400億円の赤字に止まる可能性があります。

貿易赤字の推移(単位:億円 ※2015年は試算)

尚、この試算も、これまで何度かやってきましたが、日に日に原油安が進んできているためか、貿易赤字がその都度減ってきていますので、最終的には、貿易収支は、赤字から黒字に転換する可能性があります。

大幅な貿易赤字から反転減少が与えるドル/円相場への影響

まず、貿易収支の大幅赤字相場への影響につきましては、既に、震災の翌年の2012年から2015年6月までで、50円近く円安となったことは申し上げました。

しかし、その後、今年の6月以降は、120円から125円のレンジとなりました。

そして8月24日に中国ショックが引き金となった世界同時株安が起こり、ドル/円も一時116.15まで急落しました。

しかし、そこからの反発も強く、その後、118円から122円のレンジ相場となりました。

日本の貿易赤字が劇的に減少し、これまでのようなドルの下支えがなくなったのにも関わらず、なぜ高値圏で多少の水準訂正はあったものの、なぜ横ばい推移しているのか、疑問に思われることと思います。

しかし、繰り返しになりますが、過去3年4カ月の間に、50円近くの上昇を見た相場には、まだ上昇しようとするエネルギーが残っているため、なかなか一転して下落するということが難しいものです。

ただし、それでは、また上げを再開して、130円を目指すのかと言えば、貿易赤字というドル買いが細ってしまった以上、さらに上がることは難しく、目先せいぜい横ばいを続けることがやっとだと思います。

相場が方向転換するには、一転急落ということもありますが、それは稀で、多くの場合、ゆっくりと弧を描くようにして転換するものです。

たとえて申し上げれば、巨大タンカーが曲がるには、それなりの時間を掛けてゆっくりと方向を変えているようなものです。

まさに、それと同様のことが現在のドル/円相場で起きているのだと思います。

方向転換にはあと3カ月前後はかかるものと見ていますが、どちらにしても、もう貿易赤字はなくなってきている上に、ここにきて食料価格も大きく下げてきており、さらに貿易収支が赤字から黒字に転換する要因も増えてきています。

それでは、相場が方向転換するとして、どこまで下がるかということが気になります。

私は、105.88近辺にある200カ月移動平均線あたりまでではないかと見ています。

また、相場の動きかたも、貿易赤字下と貿易黒字下とは異なります。

貿易赤字下では、恒常的にドル買い出るため、グイグイと上がって調整で下げてもたいしたことはありません。

それに対して、貿易黒字下では、恒常的にドル売りが出るため、上がるにしても、ジリジリとしか上がらず、そのうちにポジションが貿易黒字からのドル売りを受けてロングになってしまいストンと落ちるという動き方をします。(ジリジリストン)

そして、最近、まだ小規模ですが、このジリジリストンをドル/円は始めていることに注意を要します。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。