職場におけるストレスの原因は、半分が人間関係。大きな組織では、コミュニケーションに難がある人が1人いたとしても、その人からある程度の距離を取ることは可能です。また、1人のメンタル不調者が出ても、その人の仕事のカバーは複数人で分担できます。
しかし、小さい組織はそうはいきません。1人でも休職者が出れば、たちまち全体に影響が出てしまうからです。墨汁を1滴プールに垂らすのと、コップに垂らすのとの違いを想像していただければ分かりやすいかもしれません。たとえ1滴であっても、小さなコップの水はたちまち黒く染まってしまうでしょう。
だからこそ大切なのが、周囲をケアするコミュニケーションです。今回は、実際に同僚を心配して産業医面談に来られた方の相談をもとに、同僚のストレスを減らす話の聞き方についてご説明します。
メンタルヘルス不調が疑われる同僚に、どう対処すればいい?
半年前に同期のB君(29歳/男性)が同じ部署に異動してきたのですが、最近、様子がおかしい気がします……。以前はなかったのに、近ごろ、よく遅刻します。
時差出勤制度を使っているので上司にはバレていないようですが、朝起きられないことがあると教えてくれました。このような状態が3カ月以上続いており、少し心配になってきました。
また、私の知る彼は明るく、昼休みなどはみんなと一緒に過ごす人だったのですが、最近は笑顔も消え、ランチタイムも一人で過ごしているように思います。
本人に「体調は大丈夫?」と聞いても「大丈夫、大丈夫! 最近、疲れているだけだから」と言うだけで、メンタルヘルス不調なのかどうか、素人の私には判断できないですし、本当に疲れているだけなのであれば、メンタルヘルス不調と決めてかかるのも申し訳ないと思ってしまいます。
私はどのように対処したらよいでしょうか? 声をかけるとしたら、なんとかければいいでしょうか?
どうやって声をかければいいのか
では実際に、そのような変化に気付いた場合、まわりの同僚はどのように対処すればいいのでしょうか。
職場の同僚や部下に対して「最近ちょっと変だな」と感じたなら、「ちょっといいですか。いつもと様子が違いますけど、どうかしましたか?」と、さりげなく声をかけるとよいでしょう。
決して、「メンタルかもしれないから、お医者さんに行けば?」などとは言わないでください。上司や人事部だけでなく、同僚から「医者に行け」と言われるのは、多くの場合、本人にとっては非常にイヤなことだからです。
あくまでも、見た目の変化を指摘する程度に「ちょっと心配なんだけど……」と聞いてみるのが無難です。あるいは、産業医やカウンセラーのいる会社であれば、「ちょっと相談に行ってみたら」と声をかけるのがよいかもしれません。
アドバイスよりも、まずはつらさを聞いてあげる
でも、いざ声をかけるとなると、なかなか難しいもの。何をどう話せばいいのか、より悪化させてしまったらどうしよう……という不安がよぎるのも無理はありません。
真面目で面倒見のいい人ほど、「部下のストレスの原因を解決しないといけない」「同僚のメンタルヘルス不調を治す方法はないだろうか」と考え込んで、声がかけられないでいる傾向があります。
そうではなく、あなたが気付いていること、何か助けになることができないかと思っていることを伝えるだけでいいのです。大切なのは、話を聞いてあげること、そして、必要に応じて医師やカウンセラー等の専門家につなぐことなのです。
状況が深刻ではないケースであれば、相手は「話を聞いてほしい」「自分のつらさを分かってほしい」と思っている場合がほとんど。しっかりと話を聞いてくれる人がいるだけで、約9割の人は気持ちが楽になりますから、あなたは聞くだけでいいのです。
そもそも、多くの大人は、アドバイスをほしいと思っていません。大人は他人からアドバイスをもらっても、すぐには従わない生き物。なぜなら、人はそれぞれが自分の正義や価値観を持っていて、聞きたいことしか聞かない、見たいものしか見ない、話したいことしか話さないからです。
日常生活ですらそうなのですから、ストレスに苦しんでいる時はなおさらです。他人からのアドバイスを素直に聞く余裕を持ち合わせていないことがほとんどでしょう。つらい時には、もうこれ以上ダメ出しされたくないと思っていることが多く、親切なアドバイスであっても、「ダメ出し」と捉えてしまう可能性が高くなります。
ですから、できないことをできるようにさせるという発想ではなく、できることに目を向けることで、相談者が自主的に問題に取り込みやすくなるように、「相談者が問題点に気付けるような質問をする」のがベストです。それが難しいなら、ただ話を聞くことに徹するようにしましょう。
病気は自分で治すもの
私は数多くの産業医面談をしていますが、相談に来られた方々は私との会話の中から、自分でストレスの原因や解決策をつかみ取って、自分で良くするものだと理解しています。決してアドバイスに従うからではありません。
病気は医者が治すものではなく、患者さんが自分で治すものなのです。実際、面談した多くがすでにストレスの原因を9割方分かっています。ただ、どう対処したらいいのか、自分一人ではその方法を見出せないから困っているのです。
人によっては、こちらが心配して声をかけても、「大丈夫です」の一言で、こちらを拒否するような言動をとる人もいます。そのようなときは、無理に声をかけ続けるのではなく、一旦、引くことをお勧めしています。
そして、2、3週間経ったところで、やはり相手の"いつもと違う"状態が続いているのであれば、「先日も気になりましたが、やっぱりいつもと違います。どうしましたか?」と声をかけてあげてください。
「しばらくの間気にかけていた」「心配していた」というメッセージを一緒に伝えれば、多くの場合、相手にもその誠意は伝わり、何か話してくれるでしょう。
仮に、それでも「大丈夫です」と拒否された場合、そのときはもうあなたは引くのが一番だと思います。そして、Bさんが話を聞きそうな人に、最近のBさんが心配であることを伝えてみてください。
同期だから、仲良しだから、自分がB君をどうにかしてあげたい、と思う気持ちは大切です。しかし、本当に大切なことは、普段と違うと本人が「自分の状態」を自覚するきっかけ。そして、必要であればBさんが専門家などに相談することです。そのきっかけは、あなたでもあなたでなくても構いません。
自己満足のためにアクションを起こすのではなく、相手のベストな結果に結びつくようなアクションを起こす――。そうした気持ちや姿勢があれば、あなたの聞き方は、きっと相手をケアする聞き方になっていることでしょう。