こんにちは。産業医の武神と申します。私は主に外資系企業で年間1,000人を超える働く人と、心と身体の健康相談をし、中には、パワハラに関するケースも多数あります。

そして、6月1日より、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、パワーハラスメント対策が事業者の義務となりました。今回は、職場のパワーハラスメントへの自己防衛策についてお話いたします。

  • パワハラを受けた時の対策は?

パワーハラスメントとは

ハラスメントとは、一般的には、いじめや相手に嫌がらせをすることです。そして、職場においてのハラスメントは業務の適正な範囲を超えて、職場内での優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える行為と考えられています。

例えば、仕事上のミスを指摘せず、容姿や性格、あるいは建設的ではないことや答えようのないことなどを、大きな声で繰り返し攻め立てることなどです。

ハラスメントを受けると、がんばっている人ほど「自分は認められていない」と傷つき、落ち込みます。そして、自分の存在価値を必要以上に落としてしまい、自分への否定(自己肯定感の低下)、現状への否定につながり、精神疾患を発症させるきっかけとなるのです。

他にも、孤独感から他人に相談できなくなり、ひどい場合は、自殺に至るケースもあります。

パワハラから身を守るための3つの処方箋

そのような中、個々人ができることは、パワハラがひどくなる前に「自分で対処する」に尽きるのです。ここでは、あなたがハラスメントから身を守るための「3つの処方箋」を提供します。

処方箋1:ルール確認

最初の処方箋は、会社のルールを確認すること。他人同士が、共通の目的のために集まる組織では、トラブル防止・解決のためにルールがあります。あなたの会社のルール、就業規則やハラスメントに関するポリシー等をぜひ一度確認してみてください。

そして、そのルール等に納得できる会社で働きましょう。ルールがない会社で働き続けるというのは、誰のせいでもなく、あなた自身の選択の問題です。

処方箋2:仲間を作る

2つ目は軽度なハラスメントから身を守るためのものになります。それは、我慢しないで仲間を作ることです。

ハラスメントを受けた時、我慢して黙っていると、相手の行動はますますエスカレートします。ですので、我慢せずに、あなたの感情を表現してみましょう。「そう言われるとつらいです」「これってハラスメントですよね」「そんなこと言われると泣きたくなります」と言ったり、実際に涙を流したりしてもいいと思います。こうしたアクションは、自覚なくハラスメントをしている人にはけっこう効果的です。

そして、自分の気持ちを打ち明けられる信頼できる仲間(人間関係)を作りましょう。つらい気持ちを聞いてもらうだけでラクになるはず。根本的な原因が解決されるまでの一時的なものに過ぎませんが、職場で同じ人からパワハラを受けている方がいる場合、被害者同士での連携で救われる部分は大きいです。

処方箋3:重篤化するときは記憶よりも記録

3つ目は、前述の処方箋が効果なく、ハラスメントが継続的に続く場合、重篤化する場合の方法です。

まずは、身を守るために記録をつけましょう。社内規定に注意しつつ、録音・録画、メール等を印刷して保存するなど、「いつ・どこで・どのような」ハラスメントを受けたか、しっかり記録するのです。また、その場面に居合わせた人についてもメモしておきましょう。後々の調査に役立つことがあります。

ハラスメントには一人で対処せずに、信頼できる仲間を見つけて相談することが大切だとお伝えしましたが、陰湿なハラスメント、解雇、お金などが関係する場合は、労働組合を通じて会社に伝えることも選択肢の1つです。

処方箋が効かない時の最終手段

以上の3つの処方箋が役立たない時は、最後の手段になります。会社が全てではないことを自覚し、オフタイムを充実させましょう。プライベートに情熱をかけることがあれば、職場のことなど気にならなくなるものです。それでもつらい場合は、その会社を辞めてしまいましょう。

繰り返しますが、会社はあなたの人生の全てではありません。もしくは、もっと仕事に精進し実力を今以上につけましょう。実力や実績のある人になれば、誰にも文句は言われません。

パワハラ被害は、同僚や会社組織にもおよぶ

パワハラは単に被害者にダメージを与えるだけではありません。職場のパワハラの厄介な点は、被害者はパワハラを受けている社員だけでなく、周囲の同僚も被害を受けるということです。

パワハラを直接は受けていないが、日々その場にいる同僚たちも、直接被害者と同じように傷ついたり落ち込んだり、その結果、涙が出たり会社に足が向かなくなったりすることは、決して珍しいことではありません。

また、毎日のように問題行動を目の当たりにしていると、たとえ勇気を出して行動しても何も変わらないということを過去の経験から学んでしまい、よほどの大事が起こらない限り、アクションは起こさないことも往々にしてあります。

そして、「自分だけは次の標的になりたくない」「自分じゃなくてよかった」と思い、次の犠牲に自分がならないように、パワハラ上司には絶対服従に徹します。残念ですが、人はそれほど強くはないのです。

このように長期間にわたって、ストレスを回避するのが困難な環境に置かれた人々は、その状況から逃れようとする努力すら諦める「学習性無力感」を組織に蔓延させ、モラルの低下、生産性の低下につながり大きな問題となってしまいます。

たとえ会社が職場で起こったパワハラに上手に対応したとしても、最終的に被害者・加害者・会社の3者全員の納得や満足を得ることは難しく、本当に誰のためにもならないことを実感するばかりです。

勇気を出してハラスメントを告発し、それが公平に調査されたとしても、判定が黒とならずにグレーとなる場合が多々あります。仮にハラスメントがあったと認められても、被害者がよく思い描く懲戒解雇といった処罰が加害者に科されるとは限りません。ハラスメントがあったと認められたケースでも、被害者がメンタル不調になり、休職となるケースもしばしばあります。


職場におけるハラスメント問題は、残念ながら解決策が簡単には見つかるとは限りません。コロナ禍でストレスが溜まったという人が増えてきています。その結果、出社とともにパワハラが増えないか、心配な今日この頃です。

もしパワハラを受けたならば、周囲の助けを求めることも大切です。しかし、すぐには解決しないことが多い以上、自分でできることについては、日頃から意識しておくに越したことはありません。