時代を代表するアイドルには、“努力秘話”がつきものです。たとえば、松田聖子はミスセブンティーンコンテストの九州地区大会で優勝し、全国大会への切符を手にしますが、お父さんが厳格で、芸能界なんてとんでもないの一点張り。聖子の声に可能性を感じたCBSソニーのプロデューサーが説得に説得を重ねて、ようやく親御さんのOKをもらったとか、中森明菜は歌手志望だったお母さんの夢を引き受け、「スター誕生!」(日本テレビ系)に出場しますが、予選会(テレビに出る前のオーディション)に4回落ち、本選3回目に史上最高得点で合格しています。それだけ落ちるとイヤになりそうなものですが、お母さんのために受け続けるしかなかったそう。
重い話がウェットにならない、小泉今日子の冷静な清涼感
それなのに、小泉今日子には「何が何でも歌手になってやる」みたいな話がないのです。もちろんやる気があるから合格するような甘い世界ではないと思いますが、その謎が『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチパブリッシング)を読んで解けた気がしたのでした。中学時代にお父さんの事業が傾いて一家離散した小泉さんは、中学生なりに家族の役に立ちたいと考え、けれど中学生ゆえにできることが限られており、中学生を働かせてくれるのは新聞配達かアイドルくらいしかなかったと言うのです。女優の書いた本は「私って非凡でしょ、すごいでしょ」という自意識強めのものが多いものですが、小泉さんの場合、やや重めの話なのに、筆致は全くウェットではなく、からりと渇いて冷静なのが印象的でした。上質な麻のシーツに身を預けたときの、あのシャリっとした清涼感に似ていると言えば伝わるでしょうか。
そして、どうやら小泉さんと言う人は、本当に冷静らしいのです。小泉さんが50歳を迎えるにあたり、『GLOW』(宝島社)で50歳を経験した先輩に話を聞く対談企画が始まります。『小泉放談』(宝島社文庫)はそれをまとめた一冊なのですが、メンバーがすごい。YOUを皮切りに、上野千鶴子、小池百合子都知事、 美輪明宏、 樹木希林、渡辺えり、芳村真理といった大御所から、共演者である片桐はいり、熊谷まみ、浅田美代子、高橋恵子、伊藤蘭、小泉さんが大好きな漫画家、槇村さとるやいくえみ綾、元マガジンハウス編集長・淀川美代子など錚々たる顔ぶれです。
ジャンルやライフスタイルは違えど、誰もが言うことは同じ。「ゴール(死)が見えてきたからこそ、もっと果敢に積極的に」。流れには乗れ、飛び込めと言っているのが印象的でした。
アイドル時代から本人と仕事の話ができる珍しい存在だった
対談というのは面白くて、小泉さんは聞き役で、相手にたくさん喋らせることがお仕事でもあります。それなのに、なぜか小泉さんの人柄が浮かび上がってくるのです。同書において、女優・渡辺えりはトップアイドル時代の小泉さんが、自分で脱いだ服をたたみ、みんなにお茶を注いでまわることを平気でやっていたこと、芝居のスタンスが「私を見て!」ではなく、共演者をじっくり見て楽しんでいる感じがとても不思議だったと言います。樹木希林さんは、芸能界という競争の激しい世界で、人を見て態度を変えない(損得勘定で動かない)小泉さんはすごいと思ったと話しています。「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)の司会をしていた芳村真理は、小泉さんはアイドル時代からマネージャーを通さずに直で仕事の話ができるめずらしい存在だったと言っていました。
なので、彼女が演出やプロデューサー、文章を書くようになったのは、当然のことなのかもしれません。でも、思うのです。冷静な人ってちょっぴり損なんだよねと。相手の嘘、心変わり、立ち回りが読めて傷ついてしまう。そこでキレられるといいけれど、なんせ冷静なものだから、映画を最後まで見届けるように、自分が傷つくストーリーすらじっくりながめてしまうのではないでしょうか。
小泉今日子の名言「女はやはり笑顔です」
今回の対談集がとてもよかったと思ったのは、仕事もライフスタイルも異なる対談相手がみんな“自分の話”をしてくれたことでした。女性にとって、「私はこう思うから、こうする」と語ることは実は難しいことではないでしょうか。夫(恋人)がこう言っているから、子どもがこうなのでこうするというふうに、女性は主語がない話し方をすることが多い。彼らの話をするなとか、彼らの存在をないがしろにしろと言っているわけではなく、この国では、妻や母であることがアイデンティティもしくは“身分証明書”であり、どんな時も自分がひとりの女性であるという意識を持ち続けるのが難しい部分がありますが、自分を主語にして考えないというのは、実はメンタルヘルスに悪いことがわかっています。なので、50歳を一足お先に通り過ぎた彼女たちが、当然のこととして自分の話をしていることには、爽快感がありました。
対談を終えた小泉さんは「25名のゲストのみなさん、それぞれがその人らしく人生を生きてきた。そして皆さん、とてもとても笑顔が素敵だったんです」とし、最後に「女はやはり笑顔です」と結んでいます。なんのかんのいって、人は条件で他人をはかりがちですが、笑顔で生きるということは実はとても難しいことで、笑顔で生きられる人は幸せなのだと思います。小泉さんの慧眼に改めて敬服させられたのでした。