スターと呼ばれる人には、ストーリーがあります。そのストーリーは、わかりやすく単純なほうがいい。
たとえば、山口百恵さんにまつわるそれは「家庭が複雑なこと」でした。自叙伝「蒼い時」(集英社文庫)で、百恵さんはお父さんに当たる人が他に家庭のある人であり、お父さんは百恵さんや妹さんを認知こそしたものの、家にお金を入れなかったので、経済的な苦労があったことを認めています。その一方で、同書内で二つの伝説を否定しています。ひとつめは、中学時代の夏休みに新聞配達のアルバイトをしたのは、お金のためではなく、引き受ける人がいないと聞いたから。ふたつめは「スター誕生!」(日本テレビ系)に出演したのは単なる好奇心であって、家族を救うためではない。
“不幸なオンナ”のイメージで売り出された、宇多田ヒカルの母・藤圭子
元祖「かわいそうな少女ウリ」と言えば、歌手・藤圭子さんが思い浮かびます。若い世代の人にとっては「宇多田ヒカルのお母さん」と言った方が理解が早いかもしれませんが、演歌歌手としてデビューした藤さんはアイドル的なルックスと、ドスの効いたハスキーな歌声で世間を魅了したのでした。今日は藤さんの生涯をBS朝日で放送された番組「ザ・ドキュメンタリー」の「圭子の夢は夜開く 藤圭子の真実」をもとに振り返っていきたいと思います。
浪曲師として、北海道内の炭鉱を回る両親のもとに生まれた藤さん。生活は貧しく、小さい頃から納豆売りをして家計を助けたと言われています。子どもの頃から歌がうまかった藤さんは、両親と共に巡業し、中学三年生のときに「札幌雪まつり」で歌ったところ、レコード会社の専属作曲家にスカウトされます。両親と藤さんで上京し、オーディションを受けますが、なかなか合格せず。夜はお母さんと共に流しをしてお金を稼ぎ、路上で生活していたそうです。
藤さんは若い作曲家、石坂まさを氏と出会います。藤さんの唄声に魅せられた石坂氏は、藤さんをスターにすると決心し、そのために藤さんを「不幸なオンナ」として売りだす作戦を立てます。上を向かない、しゃべらない、絶対に笑わないことを、藤さんに強いるのです。もちろん、貧しかったことは前面に打ち出していきます。藤さんのお母さんは視力が弱かったのですが、それも「盲目の母」にするなど、ともかく不幸を前に出していきました。しかし、プライベートの藤さんと付き合いがあった人によると、実際の藤さんは貧しかったのは事実だけれど、暗いとか不幸だったわけではなく、自分から「貧乏だった」と打ち明けるあっさりした性格で、笑い上戸だったそうです。
売れるかどうかわからない新人はデビューしても宣伝費がつかず、なので世間に認知されず、認知されないから売れないという負のスパイラルに陥りがちです。藤さんもデビュー直後は全く売れなかった。そこで、石坂氏は藤さんにデビュー曲を25時間歌わせて、世間の注目を集めるというキャンペーンを思いつきます。10代後半の少女を25時間も働かせることは法的にも道義的にも問題アリアリですが、藤さんが倒れて救急車で運ばれたとしたら、それもまた宣伝になると石坂氏は考えていたそうです。石坂氏の藤さんに賭ける情熱はすさまじく、宣伝費を出したくないとレコード会社が渋ると、屋上にかけ上がって「カネを出さなければ、ここから飛び降りる」と脅したそうです。
ちょっとこわいくらいの情熱は、必ずしも作曲家としてのものではなく、石坂氏自身が不遇な環境で育っているため、世間を見返したいという執念によるものと後年石坂氏の子息が分析していました。
結婚、離婚、移籍、引退……そしてヒカルを出産
石坂氏の「不幸なオンナ」売りは成功し、藤さんは寝る時間もないくらいに売れるようになります。石坂氏の方針で売れたことで、石坂氏はますます強権的になり、藤さんや周囲のスタッフを困惑させます。二十歳を目前にして、藤さんは女性としても成長し、同じレコード会社所属の前川清と恋に落ち、19歳で婚約します。幸せな家庭を作りたいと、これまで封印してきた笑顔を見せてしまった藤さん。それは女性としては当然のことですが、「不幸な女」ウリはもうできなくなってしまいました。演歌歌手でありながら、アイドル的な要素も強かった藤さん。婚約発表後にリリースしたシングルのセールスは不調で、ファンが離れてしまったことは明らかでした。しかも、結婚生活もうまくいかず、離婚してしまいます。
百恵さんは「複雑な家庭に育った」というストーリーを、「だから、平凡な家庭を求めて、引退した」というふうに帰着させることができた。しかし、藤さんの場合、離婚してしまったことで、そういうキレいなオチがつきません。しかも、長年喉を酷使してきたため、思うように歌えなくなっていきます。石坂氏と決裂し、大手プロダクションに移籍しますが、以前のように数字を上げることはできず、芸能界を引退します。引退から4年後に生まれたのが、宇多田ヒカルです。
「でも、私の母親も同じ年で休業してる」母のストーリーには引きずられない
若さを重んじる社会では「かわいそうな少女」は好まれますが、「かわいそうな成人女性」は同情されません。『オンナというものは、すべからく頭が悪い』と信じられている男尊女卑社会では「かわいそうな成人女性」は『やはり、オンナはバカだから幸せになれない』と冷笑されます。「かわいそうウリ」は結果的に、女性のクビをしめてしまうのではないでしょうか。
藤さんがマンションから転落死し、10年の日が経とうとしています。人はこういう時、なぜその決断をしたのかというストーリーを探してしまいます。特に残された家族は、誰も答えてくれないとわかっている問いかけをずっとすることになるかもしれません。
「まつもtoなかい」(フジテレビ系)に出演した宇多田ヒカルは、ミュージシャンとしてのこれまでの来歴を振り返り、「人間活動」と称して休業したことについて触れています。その際に「でも、私の母親も同じ年で休業してる」と藤さんについてさりげなく触れていました。藤さんは亡くなったけれども、今も宇多田の中にいる。それ以上でもそれ以下でもない。お母さんについてストーリーを求めてしまうと、答えがないだけに、「かわいそうなオンナ」のストーリーに食い殺され、宇多田自身も「かわいそうなオンナ」になってしまうかもしれません。お母さんのストーリーに引きずられないのは、彼女がオリジナルなストーリーを持つスターだからなのかもしれないと思うのでした。