テレビ番組を見て、原稿を書くというのは私の仕事の一つで、当然それなりに真剣にテレビを見るのですが、テレビって奥が深いというか勉強になるなぁと半月板が損傷するまで膝を叩くこともしばしばです。
テレビに出ている人は芸能人と呼ばれ、彼らが属する世界は芸能界と呼ばれています。生き馬の目を抜く厳しい世界で、生き残るのは本当に難しいことでしょう。それでは、芸能界のような厳しい世界は「みんな敵」なのでしょうか? 芸能界に無縁な私が言うのもなんですが、それは違うと思うのです。
テレビは「キャラかぶり」を嫌う
テレビを見る多くの人は、あの人がああ言ったこう言ったと芸能人の発言に注目するのでしょうが、テレビはフォーメーションだと思います。出演者全員が同じ意見では、番組は広がりを見せない。そこで、あるポジションの人が反対意見を言い、そこから全員でまた盛り上げていく。つまり、出演者はある意味チームメイトであり、敵とは言い切れないわけです。そして、テレビは「キャラかぶり」を嫌います。たとえばAさんがあざとい女キャラで大人気だとしたら、Aさん以外が「私もあざといキャラで行こう」ではもう遅い。誰かと競うのではなく、空いている場所で、オリジナルな物を生み出していく能力が必要なのではないでしょうか。
それでは、どうしたら「空いている場所」がわかるのか。その秘訣は、タモリこと森田和義の名言にあるように思えてなりません。
早大ジャズ研究会で“客が呼べる司会”となったが……
タモリと言えば「森田一義アワー 笑っていいとも!」(フジテレビ系)の総合司会を32年間も務め、「同一司会者により最も多く放送された生バラエテイ番組」として、ギネス世界記録に認定されています。「笑っていいとも!」に出演出来たら一人前、旬の人がわかるなど、大人気の番組でした。
ビートたけし、明石家さんまと共に「お笑いBIG3」と呼ばれたタモリ。たけし、さんまと違うのは、彼が師匠を持たないこと。つまり、若い頃から芸人を志して、最短でその道にたどりつきたいと思うタイプではなかったのです。片田直久氏の「タモリ伝 森田一義も知らない『何者にもなりたくなかった男』タモリの実像」(コア新書)によると、早稲田大学のモダンジャズ研究会に入ったタモリは研究会の全国ツアーの司会に推薦されます。司会の腕によってコンサートが盛り上がるかどうかが決まるそうですが、タモリは周囲の期待に応えて客が呼べる司会となりました。しかし、授業料を使い込んでしまい、早稲田大学を除籍。モダンジャズ研究会で司会だけは続けていて、その界隈の人の間では評判をとっていたタモリですが、4年後には司会業を卒業し、地元・福岡に連れ戻されたのでした。地元で就職をし、結婚もしましたが、やっぱりしゃべる仕事がしたいと思っている時に、ジャズつながりでタモリを評価していたジャズピアニスト・山下洋輔氏らのカンパで上京、漫画家・赤塚不二夫氏の家に居候しての芸人生活が始まったのでした。
“観察者”としての視点を持つタモリ
タモリと言えば、「笑っていいとも!」でおなじみの「髪、切った?」というセリフやイグアナのモノマネに代表されるように“観察者”としての視点があるように思います。タモリの「四ヶ国語親善麻雀」というネタは彼の耳の良さと、タモリには「こう見える」というセンスが活かされているのではないでしょうか。オールナイトニッポン(ニッポン放送)に出演したタモリは「中国人のふりをしてアグネス・チャンに電話をする」という企画で、局内から「すごいヤツが出てきた」と高い評価を得たそうです。そこからの彼の活躍は説明するまでもないでしょう。
タモリの名言「やる気のある者は去れ」
そんなタモリの名言として「やる気のある者は去れ」が挙げられます。やる気がないなら去れならわかりますが、やる気がある人を遠ざけるとはこれいかに。タモリが出演したオールナイトニッポンのディレクター・土屋夏彦氏はビートたけしとも組んで仕事をしていますが、「タモリ伝 森田一義も知らない『何者にもなりたくなかった男』タモリの実像」において、「タモリさんは決して努力をする人じゃない。一方、たけしさんは努力の塊のような人です。彼は笑いを追求し、映画を追求してきた」と述べています。
ここだけ抜き出すと、努力しないタモリがダメみたいな印象を受けますが、芸能界では同じキャラはいらないという原則から考えると、これは「正しい」のではないでしょうか。さらに、タモリのように観察眼があると、誰かが前に出た時は後ろに行くというような判断が出来るので、番組全体のバランスが保たれる。やる気のある人は前に出たがりますが、みんなが前に出ると、番組はとっちらかってしまいます。「やる気のある者は去れ」は、「よく周りを見ろ」と同義なのではないかと私は思っています。
SNSの時代ですから「自分を発信すること、自分をアピールすること」は当たり前です。何もアピールせずとも、他人があなたに与えてくれるものなどほとんどないでしょう。アピールすることは大事、けれど、周りを見ることはもっと大事なのかもしれません。タモリと言えばサングラスがトレードマークですが、これは見た目に特徴を出すための作戦だったとタモリ自身がテレビで話していたのを聞いたことがあります。しかし、タモリに観察力という卓越した技があることを考えると、サングラスをかけていることで、じっと観察していることをさとられまいとしているのではないか。そんなうがったことを思ったりもします。