好きな言葉は「勝てば官軍」、嫌いな言葉は「ありのまま」。ライターの仁科友里と申します。

藪から棒になんですが、「偉人の名言」は正しいと思われがちですよね。世の中は「勝てば官軍」ですから、成功した人が間違ったことを言うはずはないと世間サマは思ってくれる。

こんなひねくれた解釈をしてきた私ですが、最近になって考えが変わったのです。たとえば、女性の自立を訴える女性が、男性の愛人になっていたことは珍しくありません。ウソつきと言うこともできるでしょう。けれど、「二度あることは三度ある」という一方で「三度目の正直」という諺があるように、世の中とは矛盾に満ちたもの。そこをどう渡り歩いてきたかを読むのが面白いと思うようになったのです。

矛盾にあふれた女性有名人。そう考えたときに、真っ先に思い浮かぶのが、ファッションデザイナーのココ・シャネルなのです。

超簡単に振り返る、ココ・シャネルの人生

シャネルの人生を超簡単に振り返ります。幼くして母親と生き別れ、父親に捨てられたシャネルは孤児院で育ちます。成長したシャネルはエチエンヌ・バルサンの愛人となり、帽子の店を開いてもらいます。彼と別れた後、イギリス人実業家・アーサー・カペルと恋に落ち、彼の助けも得て、新しい場所に店をオープン。以降、店舗を増やして順調に成功していきます。コルセット否定し、ジャージ素材の服、ショルダーバッグなど、動きやすいファッションを提唱したシャネルは、伝統を破壊したという意味で「皆殺しの天使」と呼ばれました。

仕事にまい進したシャネルは恋多き女で、上述した男性に加え、詩人のルヴェルティ、ウエストミンスター公爵、ディミトリ大公、ポール・イリブとも浮名を流しています。しかし、恋愛に依存することはなく「私はいつもいつ立ち去るべきかを知っていた」と常に引き際も意識していたようです。「日曜は大嫌い。誰も働かないから」というほど仕事を愛したシャネルは、働かない日、つまり日曜日に87歳の生涯を閉じました。

革新的で、自由で、自立している。多くの人は、シャネルをそう解釈するでしょう。もちろん私もその一人なのですが、一方で、シャネルはものすごく保守的だったのかもしれないとも思うのです。

孤児院で育つということは、愛情以上に、

【1】信用 【2】教育 【3】仕事 【4】お金

に恵まれないことを意味します。親がいないということで守ってくれる人がおらず、社会的信用がありません。いい教育が受けられないので、安定した仕事につけず、お金がないという悪循環です。愛人時代、シャネルは勉強代わりにひたすら本を読んでいたそうです。また愛人が帽子店のパトロンとなってくれたことで、仕事とお金を得ることができて、成功の足掛かりをつかめた。となると、シャネルが唯一手に入れることができなかったのが、信用ということになります。

階級社会のパリで、いくら女性がビジネス上の成功を収めたとしても、信用されるとは限らない。シャネルはコレクションの際、プロのモデルではなく、良家の子女を使って歩く広告塔にしたそうですが、信用というものの大切さ、保守の手ごわさを肌身で知っていたのではないでしょうか。シャネルが常に恋人との別れを予感していたのも、家柄も社会的地位も申し分ない保守層の彼らとは恋愛はしても、結婚することはないと考えていたからだと思うのです。

ココ・シャネルの名言「傲慢さは私の性格の鍵であり、成功の鍵でもある」

  • イラスト:井内愛

「傲慢さは私の性格の鍵であり、成功の鍵でもある」とシャネルは言っています。

女性相手の仕事をしていながら、「女たちは退屈だ」と上から目線で断言してしまうシャネルは、確かに傲慢です。しかし、ここでいう傲慢とはチャレンジ精神のことを指すのではないかと思うのです。階級意識が強い当時のパリで、後ろ盾を持たない女性が「何かしようとする」ことは、それだけで傲慢に見える行為だったでしょう。挑戦しなければ成功することはできませんが、自分を通しすぎても、顧客である保守層を敵に回してしまう。

シャネルはこのあたりの矛盾に、どうつきあったのでしょうか。その答えは、シャネルが夜の外出をしなかったことだと思うのです。

多くの有名人と交流を持ったシャネルですが、パーティーには滅多に行かなかったそうです。夜の九時にベッドに入り、朝七時に起きる。アトリエでは人の二倍働いたと言われています。上昇志向や、短期間での成功は、人の妬みを買いかねません。人と交わらないようにすることで、余計なトラブルを防いで、仕事に集中できたのではないでしょうか。

シャネルは「表(地)以上に裏(地)が大事」と言っていますが、それはシャネルの生き方も同じだと思うのです。表では革新的で新しさを見せつけながら、裏では厳しく自分を律することができる。私にはこれがシャネルの真のすごさに思えるのでした。

※この記事は2018年に「オトナノ」に掲載されたものを再掲載しています。