薬剤師として30年以上のキャリアを誇るフリードリヒ2世さんが、日常のさまざまなシーンでお世話になっている薬に関する正しい知識を伝える連載「薬を飲む知恵・飲まぬ知恵」。今回は薬の飲み忘れに関するお話です。
毎朝服用する薬を飲み忘れたらどうするか
今回はあるクイズからコラムを始めましょう。以下のAさんを自身に置き換えた際、あなたならどうしますか。
医師から「本態性高血圧症」と診断されているAさんは、医師に2種類の降圧剤(血圧を下げる薬)を処方してもらっており、「AT1受容体ブロッカー薬」と「αβ遮断薬」をそれぞれ1錠ずつ毎朝服用します。いつも前日の夜に食卓の上に用意しておくのですがある日、朝にバタバタすることがあって、つい薬を飲み忘れて出勤してしまいました。
Aさんはどうしたのでしょうか。結論から言うと、その日は午前中だけの仕事だったので、帰宅して午後の早めにあらためて薬を飲んだのでした。
特殊な薬でない限り、1回だけの飲み忘れはあまり気にしなくてもよいと筆者は考えています。大半の薬は、1回だけ飲み忘れても体に大きな影響はないと言ってよいかもしれません。要は早いタイミングで「いつものペース」に戻ればよいのです(頻繁に飲み忘れるのは、ちょっと考えものですが)。
飲み忘れを気にすべき特殊な薬とは
ただし、薬によっては飲み忘れると病状が悪化したり、思わぬ障害を起こしたりする場合があります。糖尿病の薬やホルモンのバランスを整える薬などは、薬を飲む時間が重要。決められた時間に飲まないと薬の効果が得られない可能性があるのです。
具体例を挙げてみましょう。日本人の多くが感染していると言われる「ピロリ菌」は、胃の粘膜に生息しているらせん形の細菌です(年齢によって感染率に差があります)。慢性胃炎発症の原因や潰瘍の再発に関係していることがわかっており、萎縮性胃炎になると胃がんを発症するリスクが上がります。
この菌が原因で胃炎を発症している場合には、除菌(殺菌)治療を行うことが推奨されています(強制ではありません)。この菌を除菌するには抗生物質と胃酸を抑制する薬を併せて使います。この組み合わせは綿密に飲み方と飲む量が決められていて、薬を飲み忘れてしまうと治療に失敗する確率が高まります。2回続けて飲み忘れると、ほぼ確実に除菌に失敗するともいう人もいます。
まとめて薬を飲むのはNG
それでは、薬を飲み忘れたときは一般的にはどうすればよいかを考えてみましょう。
(1)飲み忘れにすぐに気づいて手元に薬を持っている場合は、飲み忘れた1回分の薬をすぐに飲むとよいでしょう
(2)飲み忘れに気づいた際、すでに次の薬を飲む時間が迫っている場合は、忘れた分の薬は飲まずに下のような計算をして次回分から薬を飲むのがよいでしょう。
■一日3回服用の薬 ⇒ 4時間以上の間隔を空けてその次の分から飲む
■一日2回服用の薬 ⇒ 5~6時間以上の間隔を空けてその次の分から飲む
■一日1回服用の薬 ⇒ 8時間以上の間隔を空けてその次の分から飲む
飲み忘れたからといって、一度に2回分の薬を「まとめて」飲まないことが大切です。薬が効きすぎて副作用などが現れるケースがあるためです。薬の種類や作用時間によって対策が異なる場合がありますので、医師・薬剤師にあらかじめ確認しておくとよいでしょう。
飲み忘れを防ぐために大切なのは、薬の選択が許されるのであれば、患者さん自身の生活スタイルに合った薬を自分で選択することです。生活スタイルに合った薬を選択すれば、薬を飲み忘れがちだった人がきちんと服用するようになり、治療効果が上がることもあります。
飲み忘れを防ぐ工夫
どうしても薬を飲み忘れることが多いという人は医師・薬剤師に服用時の対策も相談しておきましょう。例えば現在飲んでいる薬と同じような効果があり、薬を飲む回数が一日1回のように少ない薬に変更できる場合もあります。
とはいえ、そういった相談をするのが恥ずかしい人もいることでしょう。そこで、簡単に実践できる薬を飲み忘れない工夫を以下にまとめてみました。
(1)カレンダーに薬を飲んだという印をつける
(2)食事のときに薬も食卓に出しておく
(3)薬のシートに飲む時間をペンで書き入れておく
(4)薬を飲む時間に目覚まし(タイマー)をセットしておく
(5)服用状況を確認できるような薬ケース(容器)を利用する
飲み忘れ防止グッズは薬局やドラッグストアで購入できますし、「100円ショップ」に置いてあることもあります。自分に合った使いやすいものを探してみてください。これらの工夫に似たようなことを1台のスマホでできるアプリもあります。
実際に薬を飲み忘れた際にどのように対応すればわからない場合は、自分で判断せずに必ず医師や薬剤師に相談しましょう。何よりも「アドヒアランス」をふだんから向上しておくことが大切ですね。
※写真と本文は関係ありません
筆者プロフィール: フリードリヒ2世
薬剤師。徳島大学大学院薬学研究科博士後期課程単位取得退学。映画とミステリーを愛す。Facebookアカウントは「Genshint」。主な著書・訳書に『共著 実務文書で学ぶ薬学英語 (医学英語シリーズ)』(アルク)、『監訳 21世紀の薬剤師―エビデンスに基づく薬学(EBP)入門 Phil Wiffen著』(じほう)がある。