薬剤師として30年以上のキャリアを誇るフリードリヒ2世さんが、日常のさまざまなシーンでお世話になっている薬に関する正しい知識を伝える連載「薬を飲む知恵・飲まぬ知恵」。今回は薬のコンプライアンスに関するお話です。
コンプライアンスとアドヒアランスの違い
ときどき医療スタッフたちが「あの患者さん、薬のコンプライアンスがとてもいいわね」とか「●●さんは服薬アドヒアランスが抜群だね」などと話していることをご存じですか? どちらもカタカナで聞き慣れないかもしれないため、この場でご紹介しましょう。
「コンプライアンス」は英語のcomplianceのことで、ビジネス界や公的機関でもよく使われる言葉です。「法令遵守」などと訳されます。必ずしも医療用語ではありませんが、薬に関して言えば「医師や薬剤師から指導された用法・用量をきちんと守ること」になります。一方の「アドヒアランス」は主に医療界で使われる言葉で、英語のadherenceのことです。患者さんが自ら進んで積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味します。
「患者さん自身が自分の薬を自分で管理して飲む」という点では、コンプライアンスもアドヒアランスも同じです。 しかし、医療従事者側が、患者さんに服薬方法を遵守させるという「コンプライアンス」と、患者さん側も作用・副作用について十分な説明を受けて納得したうえで自ら進んで服薬するという「アドヒアランス」では、後者が患者さんの自己決定・自己参加を重視するという点で少し差があります。
医療従事者側も、以前は患者さんの服薬状態について「コンプライアンスがいい・悪い」とよく言っていたものですが、最近では「アドヒアランスが……」と話す人が増えてきました。これはいい兆候ですね。
世界保健機構(WHO)でも9種の疾患(喘息、がん、うつ病、糖尿病、てんかん、HIV、高血圧、喫煙、結核)について、アドヒアランスの考えを取り入れた研究レポート(2003)を発表しているほどです。全編英語の同レポートにはアドヒアランスの明解な定義も書かれていますが、いずれ抄訳してご紹介する機会があるかもしれませんので楽しみにしてください。
半年に1回しか使わない薬
注射を含む服薬アドヒアランスをもっとよくしようという趣旨で、製薬会社が力を入れている分野があります。その一つが「できるだけ薬の服薬(注射)の回数を減らす」ことです。もちろん、一日に3回も5回も薬を飲む(注射する)よりも一日に1回の服用(注射)ですむほうが楽だし、間違いも少なそうですね。
実際、最近はそういう薬が増えているのです。1~2日に1回ならまだしも、1カ月に1回しか飲まなくてもよい薬も登場してきました。具体的には、骨粗しょう症薬としての「ミノドロン酸錠」「リセドロン酸ナトリウム錠」「イバンドロン酸ナトリウム静脈注射」、統合失調症治療薬としての「アリピプラゾール筋肉注」などがあります。これらは1カ月に1回の服用・注射でよいのです。
さらに、なんと6カ月に1回の注射でよい薬も登場しました。骨粗しょう症薬の「デノスマブ皮下注」がそうです。これは骨粗しょう症以外にも「多発性骨髄腫による骨病変及び固形癌骨転移による骨病変」に対しても使用されてきましたが、2014年5月には原発性の良性骨腫瘍である「骨巨細胞腫」に対する適応が追加となりました。
確かに薬の使用回数が減るのはよいことです。ただ、筆者のよく知っている病院で「デノスマブ皮下注」の投与ミスがありました。処方回数が少ないため、医師が処方ローテーション(日程)を間違えてしまったのです。
他の医療スタッフや患者さんもそのことに気づかず、次回の使用予定日より早く注射を受けてしまいました。幸い、特に副作用も出ず、その後患者さんは正しい処方日程に戻ることができました。使用頻度が少なすぎるのも考えものかもしれません。
さらにアドヒアランスをよくする工夫
このようなミスを防ぐには、病院・薬局が厳密に薬歴管理を実施することがもちろん必要ですが、患者さん自身も「医療従事者にお任せモード」ではなく、自分の治療に積極的に参加する姿勢が大切です。単なるコンプライアンスではなくアドヒアランスの向上が必要不可欠なのです。
例えば、自分の服薬(注射)スケジュール管理を薬剤師さんがくれる説明文書だけに頼るのではなく、スマホのアプリを利用して自分で管理をするのもいいですよ。興味がある方は一度、いろいろなアプリを探してみてもいいかもしれませんね。簡単に見つかります。
※写真と本文は関係ありません
筆者プロフィール: フリードリヒ2世
薬剤師。徳島大学大学院薬学研究科博士後期課程単位取得退学。映画とミステリーを愛す。Facebookアカウントは「Genshint」。主な著書・訳書に『共著 実務文書で学ぶ薬学英語 (医学英語シリーズ)』(アルク)、『監訳 21世紀の薬剤師―エビデンスに基づく薬学(EBP)入門 Phil Wiffen著』(じほう)がある。