薬剤師として30年以上のキャリアを誇るフリードリヒ2世さんが、日常のさまざまなシーンでお世話になっている薬に関する正しい知識を伝える連載「薬を飲む知恵・飲まぬ知恵」。今回は薬の「飲み合わせ」に関するお話です。
「鰻と梅干し」はむしろいい組み合わせ!?
食べ合わせ(食い合わせ)という言葉をご存知ですか? 「食べ物(A)と食べ物(B)を一緒に食べるのは体に悪いよ」という情報のことです。江戸時代の著名な儒学者・貝原益軒が書いた「健康心得本」の一種・『養生訓』には、「銀杏と鰻」がよろしくない食べ物の組み合わせだと書いてあります。ただ、翻って現代的にみると科学的根拠は乏しいように思われます。
後にこの情報が誤って、「鰻と梅干し」がよくない組み合わせだと伝わってしまったようです。鰻と梅干しならば、むしろ好ましい組み合わせかもしれません。梅干しを食べることによって食欲が増進し、脂っこい鰻の消化を助けるかもしれないからです。一方で、「天ぷらと氷水」のように氷水によって実際に胃の負担が増加し、天ぷらの消化に支障をきたすことが医学的に分かっている例もあります。
そして食べ物だけではなく、薬にも同様に禁忌とされる組み合わせがみられます。本稿では、できるだけ現代の科学的根拠に基づいて、好ましくない薬の組み合わせの実例ついて紹介していきましょう。
薬が悪影響を与える3つのパターン
「薬における好ましくない組み合わせ」が起こる原因(理由)はいくつか考えられますが、ここでは大きく3つに分けてみましょう。1つずつ詳しくみていきます。
(1)薬(A)と薬(B)が互いに効果を強めてしまう
かゆみや湿疹、喘息、花粉症、ショックなどのアレルギー反応が体の中で起こっているとき、細胞の中ではヒスタミンと呼ばれる物質が出ていることが多いです。そういうときは「抗ヒスタミン剤」という薬がよく処方されます。ヒスタミンの作用(体の中の動き)を抑える薬です。
ただし、抗ヒスタミン剤にはもともと眠気を催しやすいという作用があります。ふだん睡眠導入剤や鎮静剤を飲む習慣のある人が、たまたま抗ヒスタミン剤を一緒に飲むと眠気が強く現れてしまうため、注意が必要となります。
(2)薬(A)と薬(B)が互いに効果を弱めてしまう
体の細胞にある「β(ベータ)受容体」のスイッチが入ると、気管支が広がって喘息を抑える作用などが現れます。この作用を狙った喘息薬は「β刺激薬」と呼ばれています。一方でこのβ受容体のスイッチを切ると一般的に血圧が下がるため、血圧を下げる薬として「β遮断薬」と呼ばれるものが実際に使われています。
仮に血圧が高い喘息持ちの人が血圧を下げるためにβ遮断薬も飲んでしまうと、一部のβ遮断薬には気管支を収縮させる作用があるため、喘息症状を悪化させるケースも出てきます。細かく言えばβ受容体にも何種類かあり、「そう単純な話ではない」との意見もあるでしょうが、β受容体の「刺激薬」と「遮断薬」を同時に飲むのは避けたほうがいいでしょう。
(3)その他の理由でよくない作用が出てくる
1993年頃、ソリブジン事件という薬害禍がありました。帯状疱疹治療薬(抗ウィルス薬)のソリブジンと抗がん剤のフルオロウラシルを一緒に飲んだ患者さんに、白血球や血小板が激減するなどの重い血液障害が起こったのです。ソリブジン発売後の1年間で15人が亡くなったといわれています。
ソリブジンの代謝物に体内でフルオロウラシルを無毒化・分解する酵素を邪魔する働きがあり、2つの薬を飲んでいた人に抗がん剤フルオロウラシルの副作用が強く出てしまったのが原因です。
大きく言えば、これも(1)に分類できるかもしれません。問題は、当時患者さんにこの情報が周知されていなかったことです。その後製薬会社が自主的に販売を停止し、薬は市場から姿を消しました。ソリブジンは単独では比較的使いやすい薬と思われていたので、残念な結果だという医療関係者もいます。医療従事者にとっては、「患者さんとの情報の共有」という点で反省すべき事件でした。
服用している薬を正しく伝えよう
次々と新しい薬が世に出される中で「好ましくない薬の飲み合わせ」を完全に把握し、個人レベルで"事故"を未然に防ぐのはなかなか難しいのが実情です。そこで予防策として、まず医師や薬剤師に今自分が飲んでいる薬について正確に伝えるようにしましょう。
普通の医師や薬剤師ならば、最新の文書を使って危ない組み合わせについて詳しく説明してくれるはずです。自分からも積極的に質問してみましょう。特に薬剤師さんは利用価値大ですから利用しない手はありませんよ。
※写真と本文は関係ありません
筆者プロフィール: フリードリヒ2世
薬剤師。徳島大学大学院薬学研究科博士後期課程単位取得退学。映画とミステリーを愛す。Facebookアカウントは「Genshint」。主な著書・訳書に『共著 実務文書で学ぶ薬学英語 (医学英語シリーズ)』(アルク)、『監訳 21世紀の薬剤師―エビデンスに基づく薬学(EBP)入門 Phil Wiffen著』(じほう)がある。