薬の価格はどのように決まるのだろうか

薬の価格はどのように決まるのだろうか

薬剤師として30年以上のキャリアを誇るフリードリヒ2世さんが、日常のさまざまなシーンでお世話になっている薬に関する正しい知識を伝える連載「薬を飲む知恵・飲まぬ知恵」。今回は薬の価格に関するお話です。

ノーベル賞と薬九層倍

長崎生まれの日系イギリス人作家、カズオ・イシグロ氏が2017年度のノーベル文学賞を受賞したことが話題になりました。

ノーベル賞受賞が決まる前に日本で開催された講演会でイシグロ氏は、レフ・トルストイやジェイムズ・ジョイスといった偉大な作家たちが代表作である「戦争と平和」や「ユリシーズ」を40歳前後で発表したことを例に出し、「偉大な小説を書くのなら、35~45歳の間に書かないといけない」と語っています。

ジェイムズ・ジョイスはアイルランドの作家で、代表作「ユリシーズ」は20世紀に書かれた最も影響力のある文学作品の一冊だと言われています。言語表現や物語の構造に実験的要素が散りばめられているからです。そのため英語で書かれた作品ですが、他言語に翻訳するのが難しいことでも知られています。これを果敢に日本語に翻訳したのが、日本の作家・英文学者の故・丸谷才一氏です(翻訳は集英社文庫)。丸谷氏は英文学の翻訳だけではなく、日本語の長編も多く書いていますが、代表作「笹まくら」にこんなくだりがあります。

「薬九層倍というのは、あれは製薬会社と医者のことで、薬の小売店じゃそうはゆかねえんだそうだな」(新潮文庫)

「薬九層倍(くすりくそうばい)」って何でしょうか。ある辞書で調べてみると、「薬の売価が原価に比べて非常に高いこと。また暴利をむさぼることのたとえ」と記されています。年配の薬学関係者にはよく知られた慣用句です。原価の9倍もの価格で薬を売って丸儲けする、というのは本当でしょうか?

実はそれほど単純な話ではなさそうです。薬の原価がどのようにして最終的な売価に「化ける」のかは、他の商品と比べても個々の事情によって千差万別です。そのため、残念ながらたとえば「これが標準的な(平均の)医薬品の原価です」と示すのは難しいのです。

ある製薬会社の人に聞いた話です。日本では一つの新薬ができるまで、だいたい10~15年以上の歳月が必要だそうです。その間にかかる費用は(1品目で)500億円くらいで、一説では新薬の開発成功率は約3万分の1だとか。途方もない数字ですね。

研究開発に要する時間もますます長期化しているため、ほとんどの新薬候補物質は中途で開発を中止されます。新薬を開発して商品にまで仕上げるのは、非常に狭き門であることがご理解いただけたでしょうか(あくまで伝聞なのでエビデンスの確かさは不明ですが)。

薬価算定のルールもさまざま

平成28年11月30日に厚生労働省保険局医療課が出した「新規収載新医薬品の薬価算定」という文書があります。わかりやすく書こうという努力の跡は見られますが、一般の人にはなかなか理解しにくいかも。読めばわかるように薬価の決め方はかなり複雑です。細部を省略して説明していきましょう。

まず、一般用医薬品(OTC医薬品)の価格は薬以外の他の商品同様、基本的にはメーカーが自由に決めることができます。すでに販売している類似薬の価格や、これから発売したい薬の製造販売コスト(人件費・製造流通コスト・ブランドイメージ・広告宣伝費)を勘案しながら決めます。

医療用医薬品の新薬は「類似薬がある場合」と「類似薬がない場合」によって、価格の決め方(補正加算のルール)が違います。加算制度とはさまざまな目的で新薬を対象として一定率まで薬価を加算するものです。

類似薬がある場合1

■画期性加算 70~120%
■有用性加算〈1〉35~60%
■有用性加算〈2〉5~30%
■市場性加算〈1〉10~20%
■市場性加算〈2〉5%
■小児加算 5~20%

類似薬がある場合2

新規性がなければ「類似薬がある場合1」と同じ。

類似薬がない場合

原価計算方式で製造原価・販売費、一般管理費・営業利益・流通経費・消費税などを勘案する。

「類似薬がある場合」「類似薬がない場合」のいずれも、「外国での販売価格をもとに調整する(外国平均価格の0.75~1.5倍程度)」「内服、注射などの剤形間で調整する」というようにします。

「類似薬価方式」には問題点も指摘されています。もともと日本の薬価水準は高いため、後に続く薬も高くなりがちだというのがその一つです。また外国平均価格を参照する場合、非常に薬価の高い一部の米国薬に引っ張られて不適切な価格設定になるケースもあるようです。