動きや躍動感の表現に一貫して注力しつつ、クルマのデザインに取り組んできたというマツダ。2010年からデザインテーマとする「魂動(こどう) - Soul of Motion」をより深く知ってもらおうと、このほど新潟県燕市へのツアーが企画された。筆者が実際に見て、聞いて、乗って、体感した「魂動」デザインについてレポートする。
新型「ロードスター」「CX-3」の隣に器が…なぜ!?
2015年4月、マツダはイタリアで開催された世界最大級のデザインエキジビション「ミラノデザインウィーク」にて、「Mazda Design クルマはアート」と題した出展を行った。そこには、「魂動」デザインを採用した新型「ロードスター」「CX-3」とともに、金属製の器が展示されていた。
その器は、金属加工で名高い新潟県燕市を本拠とする玉川(ぎょくせん)堂の鎚起銅器「魂銅器(こどうき)」だった。鎚起銅器とは鎚でうち起こす銅の器の意で、日本の伝統工芸。その技術は国や新潟県の無形文化財に指定されている。「Mazda Design クルマはアート」に展示された「魂銅器」は、その名の通り、マツダ「魂動」デザインの哲学に共感して創られたとのことだが、なぜこのようなコラボレーションが実現したのだろうか?
「魂動デザインの幅を広げ、厚みを付けるための取組みとして、我々は日本の美しさやものづくりから学ぼうとしています」と話すのは、マツダデザイン本部アドバンスデザインスタジオ部長の中牟田泰氏。「魂動」デザインのスターターとなったコンセプトモデル「靭(SHINARI)」のチーフデザイナーだ。その取組みの一環で、クリエイターらを対象に、伝統工芸の匠による講演会が行われているという。
そこへ玉川堂の七代当主であり、玉川堂代表取締役社長を務める玉川基行氏が講師として招聘された。以前からものづくりの姿勢に共感し合っていたこともあり、「なにか一緒にやりましょう」ということで、話が動き出したそうだ。
ものづくりの原点に返り、「魂動」デザインの躍動感を表現
今回のツアーでは、玉川堂にて鎚起銅器の制作を見学する機会があり、その手間暇を惜しまない工程に感じ入った。1枚の銅板からひとつの湯沸を作るのに、約1週間。ひとりの職人が成形から色付け、艶出しまで、かかりっきりで制作するという。何十種類もの道具を使い、金鎚で銅板を何万回も叩くことで形作られていく。
現代の鎚起銅器は板材として加工された銅から生み出されるが、約200年前の玉川堂創業時には、まず銅の塊を叩いて板状にするところから始めなければならなかった。今回展示された「魂銅器」では、その古来の技法が用いられたという。
玉川氏はその意義について、「ものづくりの原点に返って、銅の塊を魂を込めて叩く。効率性を考えず、ものづくりの真髄をマツダと一緒に体現しました」と解説する。「この形は必然的にできた形。銅は叩くと反っていくんです。机上のデザインではなくて、叩くという行為そのものが魂動なのです」と、その思想を語った。
「魂銅器」を手がけたのは、玉川堂に入社して約10年になる若手職人の渡部充則氏。そのキャリアとセンスを買われ、マツダのお膝元・広島出身ということもあって抜擢された。もともとマツダのデザインが好きで、いまも初代「アクセラ」に乗っているとのこと。
「『魂動をテーマになにか作ってくれ』とだけ社長から言われ、何を作ったらいいのかまったくわからなくて……」と、苦笑いしつつ当時を振り返る渡部氏。しかしその後、マツダのデザイナーの来訪を受け、直接話をしたことで、具体的な指示がなくても何を作るべきかすぐにイメージできたという。
渡部氏はそれを、「シンプルなフォルムに、鍛金独自の"鎚目"(表面の模様)によるダイナミックな表現」と解釈。ひとつの鎚目を付けるのに何千回も鍛金し、約200時間かけて「魂銅器」を作り上げた。銅の塊を打ち延ばす技法を用いたことで、部分によって厚みに差を持たせ、叩くことで発生するしなりやゆがみといった銅の自然な変化も生かし、「魂動」デザインに通じる躍動感を生み出したそうだ。
こうしたものづくりの匠とのやり取りを通じてマツダが見出したのは、「日本固有のエレガンス」(中牟田氏)だという。それをマツダデザインは、無駄を極力そぎ落としたシンプルな造形に備わる、研ぎ澄まされた品格「凛」と、情念に訴えかける色気「艶」と表現した。これらは新世代マツダ車の最新モデルである新型「ロードスター」や「CX-3」のデザインにも反映されているとのことだ。