"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。

第9回は、抹茶のエスプレッソマシーン「Matcha Maker」、専用の茶葉「MatchaLeaf」からなる、碾きたての抹茶を自宅で気軽に楽しめる「空禅抹茶 (CUZEN MATCHA)」を開発した、World Matcha Inc.の塚田英次郎さんにオンラインで話を伺った。

  • 茶葉の選定を行っているWorld Matchaの塚田英次郎さん

空禅抹茶(CUZEN MATCHA)が誕生した経緯

8月6日、世界最大規模のクラウドファンディングサービス「Kickstarter」(キックスターター)において、クラウドファンディングをスタートした「空禅抹茶(CUZEN MATCHA)」。すでに「CES2020 Innovation Awards Honoree」やSan Francisco Design Weekの「Future of Foods」を受賞しており、その革新性が多くの人に認められている。

  • 8月6日にクラウドファンディングがスタートした「空禅抹茶」

この空禅抹茶を開発したWorld Matcha Inc.の塚田英次郎さんは、もともとサントリーで新商品開発とブランドマネジメントに携わっており、「伊右衛門 特茶」などの製品を大ヒットさせた立役者だ。

だがPETボトルのお茶の普及で飲用量は増えたことで、日本では現在お茶の価格がどんどん下落しており、生産者さんは非常に苦しんでいるという。PETボトルに向いた味わいを出すための茶葉は、必ずしも一番茶などの高価なものでなくてもよいからだ。

「20年ほど前は7:3で急須から淹れたお茶で飲む方が多かったのですが、いまはそっくり逆転してしまっています。国内の状況を簡単に変えられないのであれば海外で抹茶の需要を作って、生産者さんから品質の高い茶葉をちゃんとした値段で仕入れられる流れを作っていきたいと思いました」

サントリー在職中、国内飲料事業の現場の仕事をひととおりやり終えた塚田さんは、「抹茶の飲用を世界に広めて行きたい」と考え、サントリー出資のもと、米国でStonemill Matcha 事業を立ち上げた。2018年5月には、サンフランシスコで1号店となる抹茶カフェをオープン。いまでは、サンフランシスコでは知らない人はいないほどの人気店へと成長している。

だが「Stonemill Matcha」を経営する中で、カフェの常連客はできても、抹茶(粉)製品の売れ行きは芳しくなかった。抹茶はあくまでカフェで楽しむものであって、粉末の抹茶を家で飲む用に購入するという文化を創り出すにはいたらなかった(サードウェーブコーヒーでは、カフェでコーヒーも飲むし、家用のコーヒー豆を買う)。そんな米国の消費者の実態が見えてきた矢先に、親会社からの辞令によって、塚田さんは日本に戻ることになる。

塚田さんは、もともと、並々ならぬ覚悟をもってStonemill Matcha 事業を立ち上げている。道半ばにして離れることになったこともあり、その後、しばらくの間、自分自身の進路に関して多いに悩むことになった。さまざまな企業からの誘いも受けたが、最終的には、自分の夢を追い続けることを決意する。「抹茶の飲用を世界に広めて行きたい。それがサントリーの下でできないのであれば、自分で新たに始めたらいい」。ただし、カフェをもう一度作ろうとは思わなかった。

「抹茶は、粉末のままでは売れない。それは、多くの人にとって『抹茶を点てるのは難しい』と思われているから。では、マシンでエスプレッソのような液体ができたら、人々に飲んでもらえるのではないか?」

「ただし、粉末の抹茶を液体にするだけならミキサーでできるし、新しいマシンは要らない。では、コーヒー豆を挽くように、抹茶でも、碾茶から碾いたらどうだろうか? 毎回、碾きたてのフレッシュな香りが楽しめる抹茶エスプレッソができたら、多くの人に飲んでもらえるのではないか?」

こうして塚田さんは、古くからの親友である八田大樹氏とともに、World Matcha Inc.を起業することを決める。

家庭で抹茶を楽しむ文化を

こうして塚田さんはWorld Matchaを立ち上げ、「空禅抹茶(CUZEN MATCHA)」プロジェクトをスタートさせた。空禅抹茶を構成するものは、抹茶のエスプレッソマシーン「Matcha Maker」と専用の「Matcha Leaf」だ。

  • 抹茶のエスプレッソマシーン「Matcha Maker」

  • 空禅抹茶専用の「Matcha Leaf」

「Matcha Leaf」を「Matcha Maker」に入れると、自動で碾茶(粉状にする前の抹茶の原葉)が碾かれ、低温の水でじっくりと攪拌されたのち、「Matcha-presso」(抹茶の濃い液体)が抽出される。「Matcha Maker」と合わせて「Matcha Leaf」をサブスクリプションなどで販売することによって、質の高い茶葉を継続的に楽しめる仕組みも作った。

  • 低温の水で攪拌することで苦みを抑えうまみを出せるという

抽出された「Matcha-presso」はそのまま飲むのもよし、お湯や炭酸水で割るもよし、ミルクなどを加えてもおいしくいただくことができる。なによりも“碾きたての抹茶の香り”は格別なので、これまで以上に抹茶のレパートリーが広がりそうだ。

  • 抹茶ラテも自宅で作れる。夏は炭酸水で割るのもオススメとのこと

さらに「碾きたての抹茶は嬉しいが、やはり自分で点てて飲みたい」という、一部のお客様からの要望にも応える形でマシンの改良を続け、最終製品では「粉だけモード」も追加された。この機能を使えば、碾茶を碾いて粉末抹茶だけを作ることも可能だ。石臼で自分で碾かずとも済むため、すでに抹茶に親しんでいる人にとっても意義のあるマシーンとなるだろう。

Kickstarterでの空禅抹茶のクラウドファンディングは、日本時間の「2020年9月4日(金)13時」まで行われている。抹茶はいま世界中で人気を集めているが、いまはまだカフェで楽しむ飲料だ。これを文化にするには、だれもが簡単に家庭で楽しめるようにしなくてはならないだろう。空禅抹茶はその第一歩を踏み出している。