"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、仕事の質の向上を目指すビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。

第3回は、アメリカで生まれたボディワーク「ロルフィング」により、現代人の身体改善を行っている藤本靖氏にお話を聞いてみたい。

藤本氏は、2002年よりロルフィングスタジオ「オールブルー」を主宰。「身体のホームポジション」という独自の身体論を展開しながら、個人セッションや講演、ワークショップ、執筆活動を行っている。近刊にマガジンハウス発行『肩こりには脇もみが効く』など。

  • 聞き手の水上繭子(左)とロルフィングスタジオ「オールブルー」主宰 日本ロルフィング協会  認定ロルファー 藤本靖氏

    聞き手の水上繭子(左)とロルフィングスタジオ「オールブルー」主宰 日本ロルフィング協会 認定ロルファー 藤本靖氏

ODAの仕事を辞めて「心と体のつながり」を探求する世界へ

藤本氏の経歴は興味深い。東京大学 経済学部で途上国の開発について学んだ後、政府系の国際金融機関で、政府開発援助(ODA)の業務に関わる。同時に、東京モード学園にてファッションスタイリストの専門知識を習得。その後、「心と体のつながり」というテーマに出会い、東京大学 大学院で神経科学を学び、海外の学会などでも意欲的に発表を行うという研究生活を送ってきた。

自分のやりたいことを実現するために、それにふさわしい大学に入り、そしてそれを実行するための仕事につく…… と、人生のレールにうまく乗ったかにみえる生活が続く一方で、藤本氏は自分が決めたゴールに向かって進んでいく人生のあり方に疑問を持つようになった。先の目標を定めてそこに向かっていくというやり方は、日々の生活を消化試合にしてしまうのではないか。それは、本当に自分のやりたいことなのか。

そんな想いを持つなか、藤本氏は「生涯かけて死ぬまでやり続けられる価値のあることをやりたい」と一念発起し、頭で思い描いたレールから外れた人生の選択をすることになる。

  • 藤本氏をお茶と茶菓子でもてなしながら、これまでの経歴を伺う

「いろんな世界をみて、いろんな国の人と出会いたい」という希望をもってODAの仕事についた藤本氏。なぜその仕事をやめてまで「心と体の関係」を探求する世界に入っていったのか?

「ODAで発展途上国を回るうちに、1つの事に気づきました。もちろん様々な事情はあるでしょうけれども、発展途上国の人たちの方が、東京の人よりも遥かに生き生きしているという事です。東京にいる人たちはとても疲れているようにみえて、体が元気じゃないと幸せに生きられないと思いました。何より自分自身がとても疲れていました。途上国の開発に関わる前に、まず自分も含めた日本人の体が元気になるにはどうすればいいかを探求したいと感じるようになったのです」(藤本氏)。

こうして、まずは研究者として体を探求する世界に入り、次にロルフィングというボディワークの実践者となる道を歩むことになった。だがそれを仕事として始めた当初は、ロルフィングを仕事としてやり続けるかということについては不確かだったという。しかし、ロルフィングを5年間ほど続けた後に「これは生涯かけて続ける価値がある」と確信が持てるようになった。

そのきっかけは、体の悪いところを探して治すという考え方ではなく、体が本来持つ自分自身で自分を治癒する力「神経系の自己調整力」というキーワードに出会い、それを日々の仕事の中でリアルに実感できるようになったことだった。

  • ロルフィングも茶道と同じで、ある程度続けて初めて見えてくるものがあるという

「自己調整」という考え方が魅力的な理由として、藤本氏は"アンチ"アンチエイジングという言葉をあげる。

「鍛えて得られる筋力は年をとれば衰えるが、自分の体を自分で調整する神経系の働きは年をとっても洗練させていくことが可能です。つまり、アンチエイジとして筋力の低下が起こらないように頑張るよりも、加齢とともに開かれる可能性がある神経の働きを改善させる努力をすることのほうが合理的なのです」(藤本氏)。

歳をとっても背筋のピンと伸びたお茶/お華の先生や、年をとればとるほど益々強くなる武術の達人など、日本の身体文化の中にはそのヒントがたくさんあると同氏は続ける。

神経系の自己調整力を引き出すことで、心と体を整える

それでは、藤本氏が研究を続けてきた"神経"とはなんだろうか。藤本氏は「本来、勝手にうまく働いてくれるもので、体を調整するシステム」だと説明する。神経には、体をコントロールする経路「運動神経」と体の状態を受け取る経路「感覚神経」があるという。しかし多くの現代人は、コントロールする経路だけに意識が向いてしまっているそうだ。体の状態を受け取る経路を意識し、自分の体がどうなっているかを知ることができれば、自然と体の調子は整っていくのだという。

「この神経の働きは人間が誰しも備えている仕組みで特別に努力しなければ習得できないものではありません。まずは体がゆるみ楽になった状態を体験してもらい、その状態を自分自身のニュートラルな状態として体験することが自己調整のための第一歩となります」(藤本氏)。

ロルフィングとは、こういった"心身のニュートラル"を知るための1つの手段だ。そして、茶道もまたその手段として有効だという。茶室では外の世界にとらわれること無く、作法を通じて自分自身の心と体に向き合うことができる。ロルフィングでも茶道でも、心身のニュートラルな状態を探求するという共通した点をもっている。藤本氏によると、例えばそれはお風呂に入るという行為であってもいいという。忙しさのあまり自分を見失いがちな現代人にとって、自分自身で自らのニュートラルを知るための手段を発見していくことはいっそう大事になるだろう。

※「ロルフィング」および「ロルファー」は日本ロルフィング協会の商標登録です。

プロフィール : 水上 繭子(みずかみ まゆこ)

大学時代に表千家茶道の師と出会い、入門。京都家元での短期講習会に参加し、茶道の奥深さに惹かれ、政府系金融機関OECF(海外経済協力基金)勤務や結婚、子育ての中で、茶の湯の稽古を継続する。その後、茶道の豊かさ、楽しさ、奥深さを伝えるべく、茶道教室を主宰。近年はコミュニケーション力や新しい発想力を養う人間力道場としての茶道を提案している。