クルマを運転するときにシートベルトをするのは常識。だが、その常識はフロントのシートのみでリヤシートにはなぜかその常識が反映されていない。実際の調査でもリヤシートはフロントに比べると圧倒的にシートベルトを着用していないという結果が出ている。2006年10月の調査では一般道路では運転席で93.8%、助手席で83.4%なのに対し後席はなんと7.5%という着用率。高速道路では全体に少し数字が上がり、運転席が98.2%、助手席が93.0%、後席が12.7%になるが、それでも後席の着用率は2割にとどかない。

リヤシートに座ると前にシートがあるため囲まれたような雰囲気になり、それが根拠のない"安心感"につながっているのかもしれない。あたりまえのことだが、リヤシートに座っていれば衝突時の安全性が高いということはまったくないのだ。シートベルトをしていないと致死率は着用者の約4倍に跳ね上がるというデータもある。

クルマの設計や開発から考えると衝突安全の基本はシートベルト。エアバッグやサイドエアバッグ、カーテンシールドエアバッグ、ニーエアバッグなど最近は数多くのエアバッグを搭載している。クルマによっては10個以上を装備している例もあるほどだ。これらはすべてシートベルトをしている条件で正しく作用するように設計されている。フロントのエアバッグはリヤシートに座る人にとってまったく関係がないと思っている人が多いようだが、実はリヤシートに座る人がベルトをしていないと悲惨な結果をまねきかねない。

最愛の家族を殺すことになりかねない

例えば運転席にはお父さんが座り、その後ろのリヤシートにはお母さんが座り、その横のリヤシートにはチャイルドシートに座った子供がいるとしよう。クルマはエアバッグ付きで、リヤシートに座るお母さんはシートベルトをしていない。突然事故でクルマはフロント側からほぼ正面で他車と衝突したとしよう。衝突した瞬間シートベルトをしていたお父さんは、開いたエアバッグの中央部に顔をうずめるようにして頭部の障害をまぬがれたように思われた。だが、ほぼ同時にリヤシートでシートベルトをしていなかったお母さんが前方に移動して、激しくお父さんのシートと頭にぶつかった。お父さんはエアバッグとリヤシートからぶつかってきたお母さんとの間で、サンドイッチ状態になって命を落とした。命を落とした原因はエアバッグとお母さんに挟まれての胸部圧迫と、お父さんとお母さんの頭がぶっかって脳に損傷を受けたこと。命を助けるはずのエアバッグだが、リヤシートに座る人がベルトをしていなければ凶器に変わる可能性がある。愛するはずのお父さんをお母さんが"殺して"しまったといっても過言ではない。

衝突実験では日産ウイングロードを使い、リヤシート右にベルトをしない女性ダミー(お母さん役)とその横にチャイルドシートに座っているがやはりベルトをしていない子供という設定

運転席のお父さんは正しいドライビングポジションでシートベルトもしっかりと締めている

お母さんはお父さんを押しつぶしながら、頭突きをしてている。衝突試験の結果ではお母さんダミーは「頭部が前席乗員頭部と、膝部が前席シートバックと衝突し、頭部と大腿部の重傷率がきわめて高い値として計測された」という。お父さんダミーは「後席女性ダミーが運転席シートバックや運転席ダミーに衝突することによって、運転席ダミーの頭部や胸部の重傷率が高くなった」という

運転席に座るお父さんダミーの後頭部付近をよく見てほしい。お母さんダミーからの"死のキスマーク"が付いていることがわかる。リヤシートに座る人がベルトを着用しないと、フロントシートの人に致命的な傷を負わせる可能性がある

チャイルドシートに座る子供はベルトをしていなかったため、最初にフロントシート、次にルーフ、その後インパネに叩きつけられて助手席に落ちた。衝突の衝撃で窓ガラスが割れれば車外放出される可能性もある。そうなると後続車にはねられて死亡することも考えられる

これは作り話ではない。データでもリヤシートに座る人がベルトをしていないと、フロントシートに座る人が頭部に重傷を負う確率は約51倍にもなる。頭と頭がぶつかることで致命傷になることもあるのだ。こうした状況の衝突実験も公開され、それを実際に見るとリヤシートに座るときにシートベルトをすることがいかに大切かがわかる。それはまず自分のためでもあるし、フロントシートに座っている愛する家族のためでもある。それは一般道でも高速道路でも変わらない。走行速度が高い高速道路だけ装着するという人もいるだろうが、衝突時に自分の体を自力で支えられるのは7km/h程度だと言われている。一般道でも装着しなければケガをするわけだ。

自分のクルマはもちろん、タクシーに乗ったときもシートベルトをするようにしたい。最近のタクシーはリヤシートでもベルトを装着できるようにしているクルマもあるが、なかにはベルトは見えていてもバックル部分がシート下に隠されていて使えないということがある。ボクはそうしたタクシーに乗り込んでしまったときには、すぐ降りるようにしている。安全教育が徹底されていない会社のタクシーというサインだから、運転者の安全意識レベルも大したことはない。まず自分の身は自分で守ることが必要だ。

中には運転者を信用していないようでシートベルトをしないという人がいるが、これもまったくの間違い。事故は運転者が正しく運転していても巻き込まれることがあるかにだ。それに万が一事故に遭ったときでも無傷であれば運転者に迷惑をかけることがない。知人にリヤシートに乗せてもらったときときでも、迷わずベルトを着用することが相手のためになることを知ってほしい。運転者のプライドが傷つくと思うなら、このコラムの話をしてわかってもらえればと思う。こうした社会的なコンセンサスができてくると全席シートベルト着用というのがあたりまえになる。

実は今回リヤシートのベルト着用について書いたのは、いよいよリヤシートのベルト着用が義務付けられるのだ。道路交通法の一部改正が決まったためで、リヤシートのベルト着用は道路交通法の一部改正の公布から1年以内に施行される予定。警察庁は当面、高速道路での違反のみ運転者に行政処分点数を課す予定としている。高速道路だけというのは疑問だが、これでベルトの着用率が高まることを期待したい。本来なら義務化ではなく自主的にベルト装着100%になるのが望ましいが、現状を見ると行政の力に頼るのもいたしかたない。

後席シートベルト非装着時の衝突試験の動画は、独立行政法人自動車事故対策機構のWebで見ることができる。

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員