電気自動車用のバッテリー開発では、自動車メーカーが激しい競争を繰り広げている。EV用はもちろんのことプラグインハイブリッド用としても、燃料電池であるFCVでも充放電できるバッテリーを搭載するクルマが多い。未来のコア技術である走行用バッテリーは、自動車メーカーと電池メーカーなどが協力して開発。製造では合弁会社を設立したり電池メーカーに任せている。だが自動車メーカーがもっとも重視しているのは、バッテリーの研究開発と製造がブラックボックスにならないこと。自動車メーカーは自らバッテリーを製造しない場合でも、そのノウハウと開発技術は必ず手元に置いている。電池メーカーと共同開発する一方で、自社の研究施設でもあらゆる方向からバッテリーの開発が現在も行われているのだ。
M@動画:iQEV走行シーン |
トヨタは2010年末の環境フォーラムで2012年にシティコミュータータイプのEVをリリースすることを発表した。さらにハイブリッドカーは2012年末までに11モデル(すでにCT200hが登場したので後10モデル)もの大量投入を行うという |
ある自動車メーカーのEV開発を担当する役員と話す機会があったが、日本の法人税率の高さを嘆いていた。その役員によると台頭する韓国自動車メーカーの底力の秘密は、税率の低さが一因だという。税が低い分研究開発に投資できるため競争力が高まったということらしい。仮に日本の税率が韓国並みに低くなったら、毎年1800億円程度を研究開発費に回すことができるというのだ。巨額な費用がすべてバッテリーの研究開発に回るということではないが、それくらい投資しないと将来の競争に負けてしまうかもしれないという危機感が日本の自動車メーカーに共通してあることは確かだ。そのため各自動車メーカーはバッテリーのあらゆる可能性を探りながら開発を進めている。現在バッテリーの主役はリチウムイオンだが、これにもいろいろなタイプがあり、これからの技術開発でエネルギー密度がまだ上がる余地が残されている。自動車メーカーは将来のアドバンテージを築くため自社での研究開発を進め、関連するあらゆる特許を申請しているのだという。現在はまったく使いものにならない特許でも、将来電池開発に必要不可欠な特許となれば、その特許がもたらす利益やアドバンテージは莫大。そのため多方面に開発を進めて将来に備えているわけだ。
例えば日本の自動車メーカーのトップであり、2010年の世界販売もトップになり、3年連続でトップの座を守りきったトヨタもバッテリー開発ではあらゆる方向性を考えて研究開発を続けている。2010年末に行われたトヨタの環境フォーラムでは、今後リリースするエコカーと開発中の環境技術の一部が公開された。トヨタは2012年にシティコミュータータイプのEVを市販する。会場ではそのプロトタイプに試乗することができたので、少しだけ印象をお伝えする。試乗したコンパクトEVのベース車はiQ。市販時は車名やデザインなどは別のものになる可能性があるという。もちろんバッテリーはリチウムイオンで、1充電で105kmの走行(JC08モード)が可能。i-MiEVやリーフと比べるとずいぶん航続距離が短いように感じるが、シティコミューターとして開発したクルマなので、これで普段の買い物などは十分にこなすことができる。それに高価なバッテリーをたくさん搭載する必要がないので、販売価格を低くすることを狙った仕様だ。
試乗するとEVならではのスムーズなスタートが印象的だが、そこからアクセルをグッと踏み込むとコンパクトカーとは思えない強力な加速が得られる。モーターのトルク特性をうまく利用しながらギクシャクさせずに鋭い加速感を演出しているあたりは、ハイブリッドカーで養ったモーター制御の技術が生きているはずだ。EVのため急加速でも基本的に室内は静かだが、耳にはEVらしいキューンという音がわずかに聞こえる。だがスポーツモデルのような加速感を数回楽しんでいると、なぜか急にトルクが細くなってしまった。アクセルを床まで踏み込んでもそれまであったタイヤを空転させるトルクは発揮されず、トルクが大幅に制限されている感じなのだ。
試乗後に開発主査にこの理由を聞くと、全開走行が多かったため短時間にバッテリーが大量に放電したため保護制御が働いた結果だという。これは試乗したプロトタイプだけの制御のようで、市販車ではこのようなことは起こらないという。またハンドリング性能もかなりスポーティだ。こうしたコンバージョン的なEVは重いバッテリーをフロアなど重心の低い位置に積むことが多く、その重さに対応してサスペンションを締め上げる傾向がある。そのためスポーティなハンドリングを示すモデルが多く、このiQEVも例外ではなかった。同時期にメルセデス・ベンツ日本の試乗会でスマートEVにも試乗したが、これもバッテリーをフロアに配置するためスポーティなハンドリングに仕立てられていた。トヨタが市販するコンパクトEVは少しでも実際の航続距離を伸ばすため、充電コードを接続しているときにあらかじめ車内を冷暖房するプレヒート・プレクールの機能を盛り込むという。EVの弱点であるヒーターには電気のPTCヒーターなどは使わず、熱効率のいいヒートポンプを使う予定らしい。ガラスの曇りに対応するため北欧のクルマが使うのと同じ、極細の熱線をサンドイッチしたガラスも採用するという。
ちょっと話がずれてしまったが、バッテリーの話に戻そう。トヨタはこの環境フォーラムで全固体電池とリチウム空気電池の研究成果も発表していた。この全固体電池というのはリチウムイオン電池の電解液を固体電解質に替えて、構成材料すべてを固体にすることでコンパクトにすることができるという。さらにエネルギー密度も高めることができ、今までのバッテリーのネックである高温下での作動や耐久性が向上しているという。通常の電解液を持つリチウムイオンバッテリーでは100℃の条件下で使えるものは少ないが、全固体電池なら急速な充放電で温度が高くなっても安定した作動が期待できる。搭載位置の自由度が高く、バッテリーのクーリング装置の必要がなくなる可能性もある。いいことずくめのバッテリーだが研究開発に携わるスタッフによると、クルマに搭載するまでにはまだ10年以上が必要だというのだ。すぐに商品化できるような段階ではなく、あくまでまだ研究段階の技術だという。さらに先を見据えたバッテリーも紹介されていた。金属空気電池の1種類であるリチウム空気電池がそれだ。現在使われているリチウムイオンバッテリーの次の世代として搭載が期待されている。すでに使い捨ての空気電池は補聴器などに使用されているが、このバッテリーは大容量の二次電池として研究開発され、トヨタは電解液の改良によって二次電池として使えるめどがようやくついたという。開発スタッフによるとこのバッテリーが車載されるのは早くても20年後くらいで、それまでにはまだまだ多くのブレイクスルーを実現しないと実用化できないという。バッテリーの開発は10年、20年後を見据えて行われていて、その研究開発段階では多くの特許や実用新案が取得されている。自動車メーカーはこのようにバッテリーの開発に苦労しているが、今後どう変化していくかわからない分野のため、あらゆる方向性を考えて現在多額の研究費を投資しているわけだ。