クルマを購入するとき、誰もが気にするのが安全性。クルマの安全性は大きく分けて2つに分けられる。

予防安全(アクティブセーフティ)と呼ばれる事故を起こさないための安全装備の代表格がESP(エレクトロニック・スタビリティ・プログラム)やVSC(ビークル・スタビリティ・システム)などと呼ばれる挙動安定化装置。これらは自動車メーカーによって呼称が異なるが、クルマがスピンしそうになりそうなときなどに挙動を安定化してくれる。購入時にはこうした挙動安定化装置が装備されているクルマを選ぶべきだが、残念ながら全グレート標準装備というクルマはそれほど多くはない。メーカーオプションとして設定している場合もあるから、そうしたクルマは注文時に必ずオーダーするようにするべきだ。事故に対する保険だと思えば数万円のオプション代もそれほど高くはない。

もう1つのクルマの安全性は衝突安全(パッシブセーフティ)と呼ばれるもの。衝突したときに車体が衝突エネルギーを効率よく吸収して乗員を保護し、シートベルトやエアバッグなどで被害を最小限にしてくれる。

こうした性能は残念ながら個人では試すことができない。そのため公的機関が実際にクルマを衝突させて安全性を評価しているのが「自動車アセスメント(JNCAP)」と呼ばれる試験。これは国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が行っているもので、毎年新車の安全性を公表している。すでに今年度(平成19年度)の前期結果は07年11月に発表されているが、後期の結果は08年4月ごろに発表される予定だ。その後期試験の一部を08年2月1日に茨城県つくば市の日本自動車研究所で公開した。試験に使われたのは07年10月にフルモデルチェンジしたばかりのホンダ・フィットで、オフセット前面衝突と側面衝突試験が公開された。試験に選ばれる車両はカテゴリー別に売れているクルマ数台だ。フィットはコンパクトカークラスでトップセールスを続けているため、多くの人が乗る機会が多いため選ばれた。車両はメーカーから提供されるのではなく、公平性を保つためNASVAが一般ディーラーから直接購入する。

オフセット前面衝突試験の会場。ライトの下で白く輝いて見える四角いのが衝突バリアで、アルミ製のハニカム構造だ。手前には高速度撮影カメラがセットされている

衝突直後のフィット。フロントが大破してヘッドライトが垂れ下がっている姿は痛々しい

今回公開されたフィットのオフセット前面衝突試験は、運転席と助手席にダミーを乗せたクルマを64km/hで障害物のアルミハニカムに衝突させるというもの。そのとき障害物にクルマの運転席側40%衝突させるため、オフセット衝突試験と呼ばれる。事故の多くはドライバーが回避行動をとるため正面衝突の状態は少なく、こうした一部が衝突するオフセット衝突が多い。ボディの一部が衝突するためボディの変形が大きく、その変形によって乗員が受ける被害を評価するのに適している。逆に正面衝突を再現するフルラップ前面衝突試験は、エアバッグやシートベルトなど乗員を保護するシステムの評価に適している。今回フルラップは公開されなかったが、もちろんフィットもフルラップ試験が行われる。

すさまじい音と供に新車がボロボロに…

オフセット前面衝突試験の会場には、すでにダミーを乗せたフィットがスタンバイしている。今回はスタンバイ状態を見ることはできなかったが、ダミーが正しく座って正しくシートベルトをしているかなど多くの項目がチェックされる。試験の立ち合いを希望した自動車メーカーの場合は、最後に衝突試験担当者なども確認を行う。試験開始3分前になると会場内の赤色回転灯が点灯し、一気に緊張感が増す。カウントダウンと供にケーブルに引っ張れてクルマがスタート。一瞬でバリアに衝突して、大きな破裂音とともに左側に大きく跳ね返った。大きな音はボディがバリアに当たった音とエアバッグの作動音だ。左に大きく飛んだのは運転席側を衝突させているため、クルマに時計回り方向の慣性モーメントが発生したためだ。

フィットは無残な姿になり、ヘッドライトが外れて垂れ下がり、まるで泣いているように見える。衝突時のショックなどは車載計測器が記録しているが、試験はこれで終わりではない。つぶれたクルマのドアが片手で開けられるか、ダミーの顔や手足に塗られた顔料がクルマのどの部分に付着しているかなど細かく検証される。片手でドアを開けられれば、ボディの変形が少なく乗員を救出しやすいということだ。ダミーの顔料はエアバッグの正しい位置に顔が当たっているか、手や足がダッシュボードなどに当たってケガをしていないかを見る。こうした試験結果は4月にまとめて発表されるので、この場での評価はできないが、ボディが衝突エネルギーをうまく分散させているように見えた。

サイドインパクトはさらにクルマが吹き飛ぶ

側面衝突試験はその名のとおり、ボディの横にクルマが突っ込んできたときに乗員をきちんと保護できるかという試験。運転席にダミーを乗せたクルマに重さ950kgの台車を時速55km/hで衝突させる。じつは運転席と助手席は車種によって取り付け位置が微妙に変えられていることがある。そのため側面から近い座席側に台車を衝突させる。また、側面衝突試験は平成19年度から少しだけ内容が変更されている。ダミーは平成48年度まで使っていたES-1に替わって、ES-2になった。ES-2はダミーの背中に付いているバックプレートとダミー内部の変形部の形状が変更されている。さらに衝突させる台車の先頭部分に付けられるアルミハニカムの衝撃吸収部材も変わっている。従来は積層型バリアと呼ばれるものだが、単層型バリアに変更されている。衝突時の特性は同じだというからバリアの変更による試験への影響はないだろう。

試験会場のフィットは、すでに運転席側に衝突させるように準備が整えられていた。クルマの位置やドアをきちんと閉めているがなどの最終確認が行われ試験開始。高速度カメラの撮影ためにフィットには眩しいくらいライトが当てられている。乗員の一瞬の動きを捉えるため、室内に向けてスポットライトも当てられているから余計に眩しい。赤色回転灯が点灯し、カウントダウンが終わると台車がスタート。"シャー"とケーブルによって引っ張られる音が近づいて来て、フィットは3mほど大きく飛ばされた。"ガシャン"という大きな音に、台車が衝突した衝撃でフィットのタイヤが横滑りした"キーッ"という音が混じる。ブレーキング時のスキール音に似ているので、オフセット衝突試験よりも臨場感がある。この試験もこれで終わりではなく、助手席側のドアを開けて運転席のダミーを救出できるかなどをチェックする。運転席のドアは意外に室内に食い込んでいるように見えるが、これも4月の結果発表を待つことになる。

人身事故の多くを占めるむち打ち症の軽減を目指す試験

今回の公開試験では、将来導入予定の「追突事故時の頸部(けいぶ)保護性能試験」も行われた。これは追突事故による頸部の傷害が多いため、クルマのヘッドレストの性能を向上させる目的がある。事故データを見ると人身事故の約3割が追突事故で、その被害者の約9割が頸部傷害なのだ。頸部傷害が少なくなれば人身事故にならないケースもあるだろうし、頸部傷害が軽くてすめば治療期間も短縮できる。この4月から自賠責保険は値下げされるが、治療費が抑制できればさらに下げることができるかもしれないのだ。

国産車の多くは追突時にむち打ち状態になりにくいように、ヘッドレストが頭に近づくメカニズムをシートに組み込んでいる。トヨタであればWIL(Whiplash Injury Lessening=頸部傷害軽減)コンセプトシート、日産ではアクティブヘッドレストなどと呼ばれているもので、追突されると乗員の頭部とヘッドレストの位置を近くしてしっかりと頭を支えてくれる。首にかかる負担が減ることでむち打ち症を軽減しているわけだ。この試験では対象車のシートだけを台車に取り付けて、その台車を圧縮空気で打ち出すことで追突状態を作り出す試験だ。追突を再現する機械は"HYGE(ハイジー)スレッド"と呼ばれるもので、チャイルドシートの試験に使われているものと同じだ。導入を目指した試験のため試験条件を模索しているところで、今回は試験速度21km/hと14km/hの2種類を行った。

試験に使われたのはカローラアクシオの運転席シート。ここにダミーを座らせて台車を打ち出すのだが、シート単体での試験のため車載のシートベルトは使用できない。ダミーが飛び出さないために腰部にベルト掛けてシートと固定するが、追突試験のためベルト有無は試験に関係ない。だが、レクサスLSの後方プリクラッシュセーフティに採用されているような、追突される瞬間にヘッドレストを可動させて頭を支えるようなシステムはシート単体での試験が難しい。それに試験の設定もまだ改善する余地がある。それはヘッドレストの位置調整だ。試験ではヘッドレストの上下調整の中間でセットするという。正しい位置である耳の後方にヘッドレストの中心が来るように調整すべきだ。取り扱い説明書でも多くのクルマはこうした調整を指示している。今回の試験でダミーの頭部位置とヘッドレストを見るとややヘッドレストの位置が低いように思う。シートの大きさや座面の沈み込みで位置が変わってくるが、これはメーカーが指示している位置に調整するべきだ。まだこの試験の導入が決まったわけではないが、むち打ち症を軽減するためには意味のある試験だ。

運転席側を衝突させているため右側のヘッドライトは跡形もなく砕け散った

これがバリアのアルミハニカム。中央の大きくつぶれているのが、フィットのフロント衝撃吸収部分が刺さった跡だ

クルマの下に受け皿がしてあるのは冷却水などが漏れるため。もちろん燃料の漏れなどもチェックされる

フロント部分がうまくつぶれて衝突エネルギーを吸収しているように見える。ドアの変形も少ないし、Aピラーはしっかりとしているように見える

ダミーの位置はずれていないからシートベルトの拘束性はいいようだ

フロントから入った衝突エネルギーを車体全体に分散しているのがわかる。ルーフもこのように変形している

ちぎれている色いプラスチックはウオッシャータンクだろう。その下の少し曲がって突き出ているのがフロントの衝撃吸収部分。アルミハニカムは比較的柔らかいためこの部分はあまりつぶれず、少し曲がる程度だ

ドアを片手で簡単に開けられるかなど、細かくチェックされる

足下やインパネの変形は少ない

フロアやペダルの突出が少ないから足首へのダメージは少ないはずだ

動画

フィット オフセット前面衝突試験動画

これが衝突の瞬間だ。フロント部分がつぶれると同時にエアバッグが展開している

ダミーなどが受けた加速度などのデータは車載計測機器に記録されている。衝突後、データをパソコンに抽出する

エアバッグのほぼ中心に顔が当たっていることが、エアバッグに転写された顔料でわかる

助手席側のエアバッグにもくっきりと顔料が転写されている

ダミーの顔がエアバッグで包み込まれている。フロントタイヤは大きく後退し、車体もフロント側がかなり低くなっている

これが側面衝突試験用の台車。試験前には自動車メーカーの担当者もチェックする

平成19年度の試験からこの単層型バリアに変更された。従来の積層型と特性は同じだという

クルマやダミーの位置などが係員によって確認される

自動車メーカーの担当者も最終確認を行い、試験が適切に行われていることを確認する

試験直前。運転席の向かって真横から重さ950kgの台車を55km/hで衝突させる

動画

フィット 側面衝突試験動画

この角度から見ると衝突したことがほとんどわからないが、最初の停車位置から3mほど飛ばされている

衝突直後だがサイドエアバッグやカーテンエアバッグ装着車ではないので煙などは見えない

試験後すぐにデータを抽出する

ドアの下側はめくり上がってしまっている

ドアは大きくへこんでいるが、Bピラーがしっかりと内側に入るのを防いでいる

横から見るとドア上部が反り返っているのがよくわかる

台車のバリア中央がへこんでいるのは、Bピラーが当たっているところだ

ドアとシートのクリアランスはほとんどなくなっている

シフトのあたりを見てほしい。シートが変形してセンターコンソールにくっついている

今後導入を検討している頸部保護性能試験はシート単体で行われる

このような台車にシートを取り付けて、台車を圧縮空気で打ち出す

やはりヘッドレストが最適な位置よりもやや低いように見える

これがハイジースレッドの打ち出し部。圧縮空気でピストンをスライドさせて台車に強烈なGを与える

動画

カローラアクシオ 頸部保護性能試験(21km/h)動画

試験直後の写真。ヘッドレストが前に出て頭部とのクリアランスが小さくなっていることがわかる

ヘッドレストの調整は上下に稼動する場合、その中間にセットする

追突された瞬間ヘッドレストが頭を支えているのがわかるが、やはりヘッドレストの位置が低いようだ

動画

フィット 頸部保護性能試験(14km/h)動画

自動車アセスメントのサイトが携帯電話からも見られるようになった。このバーコードを読み取ってアクセスするか、下のアドレスを入力して見てほしい。クルマを買うときに参考になる

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員