この時期になると自動車業界の話題の1つがカー・オブ・ザ・イヤー。その年に登場したクルマの中で一番を決めるイベントだ。現在ではいろいろなマスコミがカー・オブ・ザ・イヤーを開催しているが、日本の主要な自動車賞として認知されているのは「日本カー・オブ・ザ・イヤー」と「RJCカー オブ ザ イヤー」。老舗は日本カー・オブ・ザ・イヤーで自動車関係のマスコミと自動車ジャーナリストの記名投票で決まる。今年で28回目となる。
それに対しRJCカー オブ ザ イヤーは今年で17回目。開催期間では日本カー・オブ・ザ・イヤーに負けるが、JRCの特徴はマスコミが関係していない点だ。それが強みでもあり、弱みでもあるが…。RJCは「日本自動車研究者・ジャーナリスト会議(RJC)」のことで、大学の研究者や自動車関係分野の研究者、自動車評論家が集まったNPO法人。どちらの会員も独自の視点で選ぶため、この2つのカー オブ ザ イヤーが同じクルマになることは少ない。"あえて変えているのでは"という人もいるが、そんなことはない。ちなみにカー オブ ザ イヤーの正しい表記だが、日本カー・オブ・ザ・イヤーは点が入り、RJCカー オブ ザ イヤーには点が入らない。
まずは6ベストが選ばれる
注目のRJCカー オブ ザ イヤーは第一次投票が11月1日に行われ、まずベスト6が各部門で選び出された。2008年次RJCカー オブ ザ イヤーの6ベストに選ばれた(最終選考に残ったクルマ)のは日産スカイライン、ダイハツ ミラ、マツダ デミオ、スバル インプレッサ、トヨタ マークXジオ、三菱 ランサーエボリューションX、ホンダ フィットの7台。実は同票のクルマがあったため一台増えて7ベストになった。
輸入車のイヤーカーを選ぶRJCカー オブ ザ イヤー インポートはBMWミニ、プジョー207、シトロエンC4ピカソ、メルセデス・ベンツCクラス、ボルボC30、フォルクスワーゲン ゴルフヴァリアント。優れた技術などを選ぶRJCテクノロジー オブ ザ イヤーはアウディ バルブリフトシステム、レクサスV8ハイブリッドシステム+AWDシステム、マツダ 無過給ミラーサイクルエンジン、三菱ツインクラッチSSTとS-AWC、フォルクスワーゲンのTSIエンジン。
今年の特別賞は最優秀SUVということで、ホンダCR-V、マツダCX-7、三菱アウトランダー、日産エクストレイル、トヨタ ランドクルーザー、フォルクスワーゲン トゥアレグが選ばれた。各部門の6ベストから1台と1技術が選ばれることになるわけだ。
広報の力が試される!? 最終選考会
最終選考会は11月12-13日に栃木県茂木町のツインリンクもてぎで行われた。1日目はテクノロジー オブ ザ イヤーに選ばれたメーカーがプレゼンテーションを行い、その後RJC主催の懇親会が開かれた。ここではテクノロジー以外の部門の「アピールタイム」が設けられた。自動車メーカーやインポーターの広報部員が中心になってアピールするのだが、ここで存在感を現したのがマツダ。
なとん30人ほどがステージに上がりデミオとミラーサイクルエンジン、CX-7への投票を呼びかけた。毎回広島のお好み焼きを焼いてふるまってくれる名物広報部員が、割烹着とヘラを持って現れたから選考委員はもちろん、ライバルメーカーの広報部員も大爆笑。このアピールタイムで票が動くようなことはないと思うが、それにしても今回のマツダはすごく気合いが入っているように見えた。
実はは試乗後がとても辛いのです
翌日の13日は実際にクルマに試乗しての最終チェック。RJCの会員には、前述のとおり大学などの研究者がいるため、これらの方はあまりクルマに試乗したことがない。そのためこの最終チェックが大切。メーカーが開催する試乗会にほとんど欠かさず出席するモータージャーナリストのボクでさえ、この日に初めて乗るクルマが3台もあった。朝8時ごろから午後1時までが会員の試乗時間。ツインリンクもてぎはサーキットだが、一般車の試乗のため会場内の道路を走るコース。それでも各クルマをチェックしていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
試乗時間が終了して投票会場に向かうまでが辛い。実は投票会場まで歩く間に、各メーカーの広報担当者や取材でお世話になったエンジニアが"最後のお願い"をするからだ。メーカーによっては投票会場の入り口で待っていて、"握手攻め"に遭うこともある。ボクは試乗を終えた次点で投票するクルマが決まっているから、ここでお願いされるのがとても辛いのだ。
RJCの個人の投票結果は非公開。どのクルマに票を入れたのか公開するべきと指摘されることもあるが、ボクは公開しないほうがメリツトは多いと思う。というのは票を獲得するための個人へのアプローチがなくなるからだ。実際アプローチは一切なく、手紙や電話で投票をお願いされる程度だ。
涙、涙の開票会場。広報部員にとっての実りの秋
ツインリンクもてぎのブリーフィングルームでの最終投票が始まった。選考委員の多くは最後まで悩みながら投票用紙に点数を書き込んでいく。各賞の配点は最高が9点、次が6点、4点、3点、2点、1点と6車に配分。今回は59人の選考委員が投票。これだけの人数が多いとボクでもどのクルマがカー オブ ザ イヤーに選ばれるか予想不可能。他のカー・オブ・ザ・イヤーはある程度票読みができるが、RJCはまったく不可能。
開票は公開。そのため各メーカーの広報担当者は、会場にプロジェクターで映し出される開票状況に目が釘付けになる。過去にはわずか数票差でカー オブ ザ イヤーを逃がしたクルマもあるから、最後の数票の開票まで結果がわかないことが多い。今年はどうなるのか…。
最初は、特別賞の最優秀SUVの開票からだ。前評判ではエクストレイルとランドクルーザーの一騎打ちになるのでは、と予想されていたが開票が進むにつれてCX-7が票を伸ばしてきた。最初はエクストレイルやアウトランダー、ランドクルーザーが点数を集めたが、後半はCX-7、エクストレイル、ランドクルーザーの接戦。結果はマツダCX-7が最優秀SUVに輝いた。エクストレイルとは30票差だった。ボクは今までのSUVとは違うスポーツクーペ的な美しいスタイリングとダイナミックなハンドリング性能が選考委員に高く評価されたのだと思う。
次はRJCテクノロジー オブ ザ イヤーの開票。事前の評判ではTSIとS-AWCの一騎打ちと言われていた。開票が始まるとその読みが当たっていた。開票の終盤近くまでTSIとS-AWCはトップ争いを繰り広げたが、最後はTSIが票を伸ばして決着。TSIは1.4Lという小排気量で、ツインチャージャーによる優れた動力性能と燃費性能を両立させたというのが評価されたポイント。ハイブリッド以外でもこうした有効な手法がある、とフォルクスワーゲンが示したわけだ。
ここからの開票はさらに熱気が高まってくる。RJCカー オブ ザ イヤー インポートの前評判はプジョー207とCクラス、ゴルフヴァリアントのどれが取ってもおかしくないというものだった。この3台のどれかになると思われたが、なんと10票ほど開票された時点でほぼ決まった。最高点である9点がプジョー207にどんどんと入るのだ。プジョー・ジャポンの広報は、この賞にかなり力を入れていた。この開票状況を見たプジョー・ジャポンの女性広報部員が、開票が中盤に入る前に、すでにハンカチでほおを流れ落ちる涙をぬぐっているのがとても印象的だった。開票の翌日、プジョー・ジャポンから届いたFAXには「昨夜、犬と共に祝杯をあげました。そして興奮しすぎてなかなか眠れませんでした」と書かれていた。
いよいよRJCカー オブ ザ イヤーの開票。これも3車が最終まで争うと予想されていた。その3車はデミオとフィットとマークXジオだ。だが、開票が進むと意外な状況展開。デミオ1台だけが好調に票を伸ばしていく。フィットやマークXジオは追いつくことさえできない。デミオが独走を続け、終わってみればフィットの276票に大差をつける403票で今回のRJCカー オブ ザ イヤーはデミオに決まった。なんとマツダは特別賞の最優秀SUVとのダブル受賞。大挙して遠く広島からエンジニアが駆けつけただけのことはあった。
まずは一次投票で6ベストを決定。ホテルで公開開票されるが、ここにも広報関係者が駆けつけ得票数を確認。最終投票までの活動方針を決定する |
1日目はツインリンクもてぎのホテルでのプレゼンテーションと懇親会で始まる。今年から懇親会場でのアピールタイムが設けられた |
再度確認ということで各社がブリーフィングを行う。会員はもちろん、参加するメーカー担当者も真剣に説明を聞いている |
懇親会は単なる飲み会ではない。ここで少しでもアピールすることが結果につながるかもしれないのだ。過去には僅差でカー オブ ザ イヤーを逃がした例もあるから、広報関係者は気合いが入って酔ってはいられない!? |
懇親会場でのアピールタイムに向かうマツダの精鋭軍団。それにしても気合いが入っている!! わざわざ広島から駆けつけたエンジニアも多数!! |
業界関係者なら知らない人はいない、というほどのマツダの名物!?広報部員がステージに飛び上がると会場は大爆笑。割烹着にヘラを持って乱入したのは、毎年恒例の"広島お好み焼き"を焼くため。これを楽しみにしている選考委員は多い |
広いステージが一杯になるほどのマツダ関係者。各メーカー広報もエンジニアなど連れて選考会に来るが、これほどの人数が参加するのは異例 |
2日目の朝は早い。朝日の影が長く伸びていることでいかに早いかがわかるはずだ。各メーカーは昨晩から試乗会場を用意している |
ピットを使って各メーカーが試乗会場を用意。テントやピット内にレストランを作ってしまうメーカーもあるほど |
まず朝の仕事はロードコースのメインストレートでの6ベストの記念写真。電光掲示板には「2008RJC」の文字が書かれている |
ダイハツはミラ。クルマの左横に立つ女性はコンパニオンではありません。秋の美しい装いにドレスアップした女性広報部員です。大阪のダイハツらしく、クルマの後ろに見える"たこ焼き"の垂れ幕どおり、たこ焼きがふるまわれました |
マツダはデミオとCX-7 |
プジョーのブースは気合いが入りまくり。木に実のったリンゴには207の文字が。プジョーによると収穫の秋を表現したのだとか。もちろん"収穫"の意味はカー オブ ザ イヤー |
サーキットのピットガレージがプチレストランに変身。なんとピット内の照明まで変更するこだわりようは、さすがフランスのメーカー。奥にはこれから追加されるワゴンの207SWが持ち込まれていた |
この一票で結果が変わるかもしれないと思うと… |
会場ではこのプロジェクタースクリーンに結果が開票状況が表示される。点数を読み上げるたびに順位が変わることもあるから、関係者ははらはらしながらスクリーンを見つめる |
中央で下を向きながらハンカチで涙をぬぐっているのがプジョー・ジャポン広報の平福恵子さん。開票が始まると207に連続して9点の満点が入り、カー オブ ザ イヤー獲得を確信して涙、涙…。いい実りの秋になりましたね、平福さん |
開票会場はメーカー関係者で一杯。立ち見が出るほどだった |
2008年次RJCカー オブ ザ イヤーの栄冠に輝いたのはマツダのデミオ。クルマの前で渋くポーズを決める男が、じつは割烹着のお好み焼き職人です。カー オブ ザ イヤーを取れたのは職人のおかげかも!? |
マツダは特別賞の最優秀SUVも受賞して、なんとダブル受賞!! |
プジョー207が2008年次RJCカー オブ ザ イヤー インポートの栄冠に輝いた。とてもいい実りの秋でした |
2008年次RJCテクノロジー オブ ザ イヤーの栄冠に輝いたのはフォルクスワーゲンのTSIエンジン |
丸山 誠(まるやま まこと)
自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員