さきごろ、ICCパートナーズは「ICCサミット KYOTO 2018」を開催した。本稿では社員のモチベーションについて議論するプログラム、「社員/チームの可能性を引き出すためのマネジメントの秘訣とは?」を紹介する。
前回までは、社員のモチベーションにまつわるエピソードを中心とした議論を紹介した。最後となる今回は、それを総括する議論となる。
ミッション・ビジョンの共有
琴坂氏は「ミッション、ビジョンを共有しないと採用は難しい」という議題を伝え、聴講者の質問を紹介した。
「起業を希望する人材が入社する場合」
琴坂氏:ミッション・ビジョンを共有する価値を人材評価とすると、本人が自分で事業を起こしたいと思い、退職するケースがあると思います。そういう方々をどう評価されますか?
石井氏:自分もそうでしたね。サイバーエージェントへ新卒で入社し、3年後に退職・起業して藤田社長を超えると思っていました(笑)。しかし、気づけば17年在籍しています。それはやりがいのある仕事であり、面白いからです。ポイントは早めにやりがいのある仕事を任せること。
仕事の難易度、領域をどんどん広げて任せていくのが良いです。また社外よりも、社内での挑戦機会を大きくすることも大事ですね。
井手氏:弊社の場合、社員は家族という価値観があり、最低5年以上は一緒に働けないと駄目ですね。そもそも「日本のビール文化を変える」というミッションは時間がかかります。ですから、3年で退職すると言う人は採用しませんね。
「マネージャーに求める要件定義は何でしょうか。何を大事にしていますか」(聴講者の質問)
羽田氏:ビジョン・カルチャーの体現、人望、実績ですね。
石井氏:成果を出す、カルチャーを体現しているチームを作る、チームを愛せる人の3つです。
琴坂氏:可能性を評価しての抜擢はありますか?
羽田氏:早めに昇進させるケースはあります。実績の延長から可能性が見える時ですね。
井手氏:弊社では、社長、ディレクター、一般社員しか役職はありません。ディレクターは年に一度社内公募します。応募した社員は全社員の前でプレゼンを行い、「課題抽出は適切か」、「打ち手は的確か」、「ディレクターになる覚悟があるか」を観点に全社員で採点し、総合的に私が判断します。こうしたプロセスのため、抜擢はありません。
石井氏:サイバーエージェントグループとシーエー・モバイルの場合、明文化されていませんが、3割は抜擢で、残り7割が実績ですね。新規事業など、機会が多いからという事情もあります。
社員/チームの可能性を引き出すためのマネジメントの秘訣
琴坂氏:終了時間が迫ってきましたが、本セッションでは4つのトピックスを軸に議論を深めてきました。内容を統合したら、どのような結論になるでしょうか。
石井氏:やはり、リーダーが何事にも熱狂して楽しんでいることです。業績を残せればベストですが、そうでなくてもビジョンを掲げ、描いた戦略を楽しくやることが大切ですね。成果の出る空気を作るチームは、必ず成果を出します。
この空気は独特なもので言葉にしづらいですが、アジェンダが明確、目標に対しての資料やKPIが常に整っている、熱量を感じるなどです。鍵はリーダーがビジョンと戦略へ熱狂できていることですね。
羽田氏:信頼だと思っています。弊社は、比較的緩めに任せる会社です。事実、信頼して任せると、社員はやるべきことをやり、新しいこともやってくれます。会社がメンバーを信じ任せることが全ての始まりで、任された人が自由に行動して力が引き出せると思います。
「『信頼』を意識した施策はありますか?」(聴講者の質問)
羽田氏:期初に全部門でチームビルディングを行っています。予算を用意し、各部門で何をやるか考え、ボルダリングしたり、サバイバルゲームしたりし、自由に活動しています。そうすると感情のギャップが無くなり、心理的安全が生まれます。
それ以外でも、1on1ミーティングでは「3つのしごとを聞きましょう」とし、仕事、志事、私事を聞きます。また社内にモチベーションクラウドを導入し、数値が高い部署はこの3つの「しごと」をきちんと聞いています。あとは定期的な1on1だったり、月に一度、幸福度をはかったりなど、信頼度を高める仕組みを細かく行っています。
琴坂氏:かなり丹念に信頼に拘っていますね。
羽田氏:社内ではあまり「信頼、信頼」と発言しませんが、施策の根底にはあります。
井手氏:議論する中で、動機付けは皆さん似たような取り組みなのかな? と感じました。本人の興味あること、得意なことを伸ばしてあげ、楽しく仕事してもらい、成果を出すことが共通していると思います。
渡邉氏:答えの一つとして、『捨てられないTシャツ』(筑摩書房)という書籍を紹介します。編集者で写真家の都築響一さんの著書で、古着Tシャツの写真とそれにまつわるエピソードで構成されています。「もの」の背後にはエピソードがあって、それは実用性を上回る価値を持つ。だから捨てられない。
この本を紹介したのは、企業に属する人も、ものを介して意思を語る方がコミュニケーションがなめらかになる、と感じているからです。
渡邉氏:同じ考え方で、メンバー間で「心の中の隠された蔵書を共有しよう」運動を行っています。社員一人ひとりが自分に影響を与えた本を紹介し、その音声をポッドキャストで社内・社外に公開すると、その人の根底にある思想がよくわかります。
渡邉氏:想いを語ってくださいというと、大抵の人は戸惑って口を閉ざしてしまいます。本を介することで、その影に隠れて本当の自分が表現できます。ものをきっかけに、内面が言語化される。一番抽象的なもの(思想)は、具象(本)から出てきます。一人ひとりの思想を言語化できる場面を作れると、やる気スイッチや内発的動機がどこにあるか見えてくると思います。
好きな映画について人が語るとき、実は映画の内容よりも本人の解釈や映画を見た経緯が語られることが多い。知らず識らずのうちに考えをものに預けてしまうのです。その状況を会社の中で作れることが大事ではないでしょうか。
琴坂氏:会社としてミッション・ビジョンのような1本の軸を通しながらも、そこに対応する多様性の自由度は残していく。その多様性の自由を継続させるために、丹念に仕組みや方策が必要となってくる。そうした理解でよろしいでしょうか。
石井氏:今の話に関して質問です。30代の社員で自分のやりたいことを言語化できないケースがあります。この場合はどうすればよいでしょう。
渡邉氏:やってみたいことを聞くよりも、Tシャツでも本でも、何かこだわりあるものを具体的に聞くのが良いでしょう。ものについて語ってもらうことで、その人の本質が見えてきます。一番具体的な事を聞くには、抽象的な問いをするべきで、その逆も同様ではないでしょうか。
琴坂氏:消費者調査に近いですね。好きなものを聞き、嫌いなものを聞く。欲しいものを聞き、困っているものを聞く。そうして中間部分で、本当のものが見えてくる。1on1や、チームmtgだけでなく、様々な機会、ジャンルでそうしたデータを取っていくことが、可能性につながる。それが結論ではないかなと思います。
こうしてセッションは終了した。社員のモチベーションをどう高めるか、これは普遍的で、どの企業でも直面する課題だろう。モチベーションを分析した理論には、マズローによる「高次の欲求、低次の欲求」や、ハーズバーグの「動機付け要因、衛生要因」など、著名な学説は幾つかある。
しかし、この問題は簡単に解消できないため、試行錯誤する企業は多い。理由の一つは、「相手を良く知る」ことが前提となるからだろう。記事内で紹介された方法や、対話機会の作り方は、社内のチームビルディングに課題を持つマネージャーには、良い参考となるだろう。