連載『世界を見てやろう』では、ジャーナリストの石井清氏が、国内外を縦横無尽に取材したエッセンスを、マイナビニュースの読者にお届けします。
タクシン氏はタイ北西部のチェンマイ産まれ、実は警察官僚出身
バンコクでの争乱がおさまらない。いわゆるタクシン派と、反タクシン派の対立は「新旧の権力闘争」と、タイ在住の知り合いが教えてくれた。そもそも、元首相であるタクシン・チナワット氏は、成り上がりなのだという。華僑の子として、タイ北西部のチェンマイで産まれている。
意外に思われるかもしれないが、彼はもともと警察官僚出身。華僑だからそれなりにお金は持っていただろうから、苦学してということではないかもしれないが、実際のところは分からない。ネット上には、警察官僚時代からいろいろと商売に手を出していたということが書いてあるが、私が聞いたのは、タクシン氏はこの官僚時代に築いたコネを上手く利用して携帯電話の事業者となり、ビジネスで大きく成功したということだ。
ビジネスでの成功を引っさげ、政界に進出して首相の座にまで上りつめた。日本で言えば故田中角栄元首相のようなものだろう。アマゾンで検索するとタクシン氏に関する本もいくつか出ているようだが、どれが一番迫真に迫った本かよく分からないので、どこか日本の出版社が評価の高いものを邦訳して出版してほしいと思う。
タクシン氏でも、土地保有税のような資産への課税は行なわず
さて、一方の反タクシン派というのは、既得権階級なのだという。だから、反タクシン派には都市部の住民が多く、タクシン派には農村部の支持者が多いと聞いた。ただ、だからといって、貧しい人々が本当にタクシン氏のことを支持しているとすると、少し違うようにも思える。
タクシン氏といえば、イギリスのプレミアリーグ、マンチェスター・シティのオーナーになるほどの大金持ちなのである。1月30日付の日経新聞「真相深層」によれば、タイには日本の固定資産税にあたる土地保有税がなく、貧しい人々への優遇政策をとったタクシン氏でも、資産に課税するような「富の再分配」を行うような政策まではとらなかったという。
格差があるから"安さ"を売りに、それはいつまで続くのか?
バンコクに長年住む日本人駐在員がこう教えてくれた。「タイでは食事も、家も、驚くほど安い」。一人当たりGDPは約5700ドル(2013年)。この10年で倍増している。それでも「絶対的な格差がこの国には、まだまだある。それが、タイの"安さ"の源泉だと思う」と語る。タイはその競争力の源泉の一つである"安さ"を捨てることができるのか? つまり"格差"を本当に是正できるのかという疑問だ。
タイの争乱は、タクシン氏さえ十分になしえなかった「格差の是正」をなしとげようとする勢力と、それに反対する勢力の激しい闘争のように思える。私がはじめてタイに行ったのはちょうど14年前のことだが、現在のタイを見ると日本との差は確実に縮まってきている。タイが"安さ"を売りにしない国になる日も、そう遠い日ではないかもしれない。