"せともの"の街、愛知県瀬戸市。この街は火の街・土の街と呼ばれ、昔から真っ白な陶土や自然の釉薬が採れるため、やきものの産地として栄えてきました。「ものをつくって、生きる」そのことに疑いがない。それゆえ、陶芸に限らず、さまざまな"ツクリテ"が山ほど活動する、ちょっと特殊なまちです。瀬戸在住のライターの上浦未来が、Iターン、Uターン、関係人口、地元の方……さまざまなスタイルで関わり、地域で仕事をつくる若者たちをご紹介します。
Vol.7 ヴィーガンダイニング「様時(SUMMERTIME)」オーナー・石川哲也&里美
今回、ご紹介するのは、古民家ヴィーガンダイニング「様時」オーナーの"てっちゃん"こと石川哲也さんと"さとみん"こと石川里美さん。名古屋から瀬戸へ移転した「様時」は、今年11月4日に1周年を迎えました。オープン当初は、お肉も魚も食べられるおばんざいBARでしたが、およそ半年後、突然、ヴィーガンダイニングへ。一体なぜ? 遊びも仕事も100%本気のおふたりに、都会から地方に移転して、何を企んでいるのか野望をお伺いしました。
「様時」、その始まり
2018年11月、瀬戸市の中心市街地に衝撃が走った。「せと末広町商店街」にある空き家だった古民家が、突如、オシャレなおばんざい屋に変わったのだ。
オープニングには、店先で餅まきをして、事前告知により、ワラワラと集まってきたおばちゃんたちが餅にダイブ。店内の2階にはDJが現れ、大音量のクラブミュージックが響き、ミラーボールがまわり、集まった瀬戸人は圧倒された。ここは、瀬戸なのか……?
なぜ、瀬戸へ?
「名古屋の大曽根で店を始めて、長く続けようと思っていたんですが、実は、大家さんが突然亡くなってしまった。オープンして11カ月で、急遽、出て行かなきゃいけなくなって。次の物件を探し回っていた時に、瀬戸が急浮上しました」(てっちゃん)
実は大曽根をはじめ、名古屋市内、海の近くの街でも、物件を探していたものの見つからず、途方にくれていた。
「ある日、みんなで大曽根で飲んで、酔っ払った時に、てっちゃんが『俺は映画『千と千尋の神隠し』に出てくるようなところに住みたいんだ!』 とぽろっと言ったんです。その瞬間、小さい頃によく遊びに行っていた瀬戸の川沿いの風景が浮かび、次の日にふたりで行きました。そしたら、まさに『千と千尋の神隠し』に出てきそうな、今の物件が見つかったんです」(さとみん)
そこからは、トントン拍子でオープンへと進み、わずか1カ月ほどで保健所の許可ももらい、開店した。
瀬戸にも若い人はいる。ただ、瀬戸で遊ばないだけ。
スタート時は、古民家おばんざいBARとしてオープン。毎夜、カウンターに数種類のおばんざいが並び、お酒もビール、日本酒から、カクテルまで豊富にそろった。これまでの瀬戸の中心市街地にはなかった、若い人が集まる場が生まれ、開店してまたたく間に人気店になった。
「瀬戸にも、若い人はいるんですよ。ただ、瀬戸で遊ばないだけ。名古屋に行く。お店を開く時には誰も来ないよ、と心配されたり言われたりしたんだけど、お店がないから、来ないんです」(てっちゃん)
とはいえ、いきなり開いて、不安はなかったのだろうか?
「正直、考えている余裕がなかった(笑)。でも、なんとかなると思って。そこに魅力があれば、人は来るんですよね。むしろ、都会でやっていたら、競争に巻き込まれやすいと思いますよ」(てっちゃん)
ヴィーガン料理に切り替え、市外からのお客さんが激増
周りの心配をよそに、移転して早々、売り上げは名古屋の時の倍に。「様時」の快進撃に周囲が驚くなか、半年ほどで、今度はいきなり動物性食品を使わない"ヴィーガン"ダイニングになり、また周りを驚かせた。しかも、瀬戸は体力勝負のやきものの職人が多かったことから、安いホルモンを愛する、お肉のまち。そんな土地柄でいきなりのヴィーガン専門店だった。
言い出しっぺは、てっちゃん。さとみんに突然、「これから動物愛護や地球環境の波が来るから、ヴィーガン料理にしたい」と提案した。
「私は大反対しましたよ。ヴィーガン、まったく知らなかったんですよ。何料理? みたいな。調べたら、お肉全般と牛乳とチーズとはちみつもダメ。今まで肉ガンガン焼いてたじゃん。商店街のみなさんにも、お店で使う食材を買わせていただいて、さんざんお世話になったのに、今更そんなこと言い出せない。しかも、やっとお客さんが来てくれるようになった時だったから、終わったと思いました(笑)」(さとみん)
けれど、最後は「本気の覚悟があるなら、やるよ」と決心し、てっちゃんが「やりたい」と言うので、始めることにした。まずは、これまで使っていた調味料をバッサリと捨て、植物性のものに変えることから始め、試行錯誤の末、定番メニューもできるようになった。すると、客層がガラッと変わった。
「瀬戸市だけではなくて、愛知県内外、さらには、海外からのお客様が増えてきたんです。僕たちには、外から瀬戸に人を呼ぶ使命があった。でも、実際のところ、どうしたらいいかわかんなかった。それが、ヴィーガンを始めたら、男性8と女性2だった割合が、ほぼ女性になって。瀬戸市外からのお客さんも増えて、さとみんにとっては大変だったと思うけど、やってよかったです」(てっちゃん)
やりたいことをやる精神を次の世代へ
そんなてっちゃんがやりたいことの軸には、「人を楽しませたい」という思いがある。名古屋時代には、名古屋城の妖精であるという設定のパフォーマンス集団「しゃちほこボーイズ」として活動。テレビCMソングにも起用されるほどだった。今年10月には、しゃちほこボーイズ)2号として、初のソロステージを開いた。雨にもかかわらず、会場に大勢の人が集まり、大盛り上がりのなか、幕を閉じた。
ライブの後、子どもがアニメのコスプレをして、「てっちゃんいますか?」と、お店に遊びに来てくれたという。
「てっちゃんみたいになりたい、と思ってくれたのかもしれない。いい意味で崩れた大人を見せてあげるのも、必要だよね。今の子って、学生のうちに遊ばないと、会社に入ったら、遊べなくなると思ってるでしょう。そんなこと誰も言ってない。遊びと仕事を分けるのも本人だし、遊びも仕事も100%本気。なんだったら、遊び優先でもいいんですよ。好きなことを仕事にする苦しさと、好きじゃないことをする苦しさは、全然違う。若い子には、本当にやりたいことをやってほしいな」(さとみん)
「オープンして1年が経ち、2店舗目も考えています。スポーツバーのような、遊べるバーがやりたい。物件を交渉中です。今のところ狙っている空き家の屋根がぼろぼろで、全部替えると300万円ぐらいするかもしれないので、その時はクラウドファンディングしようかな!」(てっちゃん)
その展開の早さには、驚くばかり。
「私は変化を恐れるタイプ。でも、てっちゃんは変化にポジティブで、変化する楽しみ方を教えてもらった。てっちゃんには感謝してる。ひとりでは絶対できなかった。応援してあげたい、それもあって、結婚しました。今後、会社化も考えていて、新しいスタッフを育てていかなきゃいけない。ただのアルバイトでいいわけではなくて、自分のお店と思って、任せられる子を育てたい。今後は私たちは、現場じゃなくて、外に出る立場にならないといけないので、様時のスタッフを育てるお母さんのような存在になって、様時を広げていきたいですね!」(さとみん)
やりたいことをやる。後悔しない人生を。
写真:石川哲也