先日、セミナー講師を務めた際、40代の参加者から「年金を働きながらもらうと少なくなる話を聞いたことがありますが、本当ですか? 」との質問を受けました。本当です、「在職老齢年金」のことですね。最近、テレビや新聞、雑誌でも目にすることが多くなった年金の仕組みのひとつです。

どちらかと言えば、悪者扱いされている「在職老齢年金」。というのも、働きながら年金を受け取ると年金がカットされる仕組みだからです。例えば、今60歳以上65歳未満の方で厚生年金に加入しながら、年金※1と賃金※2の合計が月28万円を超えると、年金の一部(又は全部)が支給停止になります。

また、今65歳以上の方で厚生年金に加入しながら、年金と賃金の合計が月47万円を超えると、超えた金額の半分が年金の支給停止額になります。つまり、「在職老齢年金」は働けば働くほど高齢者の年金を減らしてしまう仕組みなのです。そして、高齢者の働く意欲をそぐと批判され、今、その見直しが進められているのです。

でも、そもそもの話を紐解くと、私は悪者扱いされている「在職老齢年金」が可哀想に思えて仕方ありません。なぜなら、昭和29年、厚生年金制度の老齢年金がほぼ現在の姿になった当初、年金は「退職」が支給要件だったので、原則、働いている間は年金が全く支給されなかったからです。

そして、働く高齢者は低賃金の方が多く、賃金だけでは生活が困難であったため、昭和40年になって65歳以上の働いている方にも支給される特別な年金として創設されたのが「在職老齢年金」なのです。退職せずに「在職」中でも支給される「老齢年金」だから「在職老齢年金」と呼ばれ、当時は年金を8割支給する仕組みとして始まりました。

8割支給は言い換えると、2割カットということになりますが、少なくとも創設当初は年金カットの仕組みとはみなされていなかったはずです。なぜなら、それ迄は働いていると年金が全く支給されなかった訳ですから。そんな経緯を振り返ってみると私は、今や、高齢者の就労を阻害している主犯格とみなされている「在職老齢年金」に悲哀を感じざるを得ないのです。

ふた昔前の昭和の頃、「在職老齢年金」は働く高齢者の収入を確保するために創設されました。それが時を経て、高齢者が働いても年金が不利にならないようにすべき、という就労を阻害しない観点に加え、一定以上の賃金がある高齢者は年金支給を制限すべき、という現役世代の負担に配慮する観点も求められているのです。

でもよく考えると、前者が「年金をカットするな! 」、後者が「年金をカットしろ! 」と言っている訳ですから、「在職老齢年金」の見直し議論が迷走したのも頷けます。であればやはり、創設当初の原点に立ち返って考えるべきでしょう。そして、高齢者の収入確保という目的を達成するためには、「在職老齢年金」だけが手段ではないはずです。

今後、令和の時代に同一労働同一賃金という働き方改革が進めば、定年再雇用者である高齢者の賃金水準も引上げ……、おっと、筆が進み過ぎました、この辺りで止めておきます。もしかしたら、これは「在職老齢年金」に潜む不都合な真実かも知れませんので。

※1 老齢厚生年金の年金額(年額)を12で割った額。ちなみに「在職老齢年金」による年金支給停止は老齢厚生年金に対して行われるもので、老齢基礎年金は支給停止の対象とはなりません。
※2 毎月の賃金+1年間の賞与を12で割った額。