炭水化物の摂りすぎでうつ症状に?

前回の話で、男性更年期障害が引き起こすうつ症状は脳の栄養失調が原因だということやそれを治療する方法もあるということがわかった。男性更年期なんか恐くない! と安心したのもつかの間、「もうひとつ見逃せないのは、炭水化物(糖質)の摂り過ぎです」と、姫野友美先生が厳しい表情になった。うつ症状と炭水化物……? 「お酒も含めて、炭水化物を摂り過ぎると、脳に栄養がいかなくなるんです。これもうつ症状を引き起こす原因です」。これは聞き捨てならない。お酒もご飯も、毎日の食生活に欠かせない(お酒は違う?)ものばかり。それが脳の栄養失調を招いて、うつ症状の原因になるという。これは一体、どういうことか。

連載初回にも同様な質問をしたが、突然気分が落ち込んだり、会議ですごく眠くなる、夕方になると血の気が引いたようになって脱力感を感じる……こうした症状はほぼ「機能性低血糖症」だと、姫野先生は指摘する。この時、脳は十分な栄養を得られず、エネルギー産生不足になっている。その原因が炭水化物(糖分)なのである。

脳のブドウ糖が不足する機能性低血糖症

機能性低血糖症を説明する前に、血糖値についておさらいしておこう。血糖値とは、血液内のブドウ糖(グルコース)濃度のこと。空腹時血糖値は約80 - 110mg/dl程度とされる。通常、血糖値が上がるとインスリンが分泌して血糖値を下げ、逆に血糖値が下がるとグルカゴン、アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールなどにより血糖値は上げられて、正常値の範囲内に保たれる。脳は、このブドウ糖を唯一のエネルギー源として活動している。そして、私たちが何からブドウ糖を得ているかというと、白米や白パンといった炭水化物に含まれる糖質。つまり、白米や白パンは、本来脳のエネルギー源といえる。ところが調べて見ると、この糖質がきちんと脳内でブドウ糖として利用されていない人がいる。

血糖値が正常な人の場合、例えばジュースを飲むと、血糖値は少し上がった後で、また元に戻る。ところが血糖値が急速に上がって、次にジェットコースターのように急速に下がるタイプの人がいる。これは糖分が急激に吸収されて血糖値が一気に上がったため、体が危険を察知してすい臓からインスリンを大量に分泌し血糖値を下げようとして起きる現象で、機能性低血糖症の一例なのだ。

機能性低血糖症のタイプとして、血糖値が上がったり下がったり小刻みに乱高下をくり返すギザギザ・タイプや、まったく上がらない無反応タイプなどもある。ジェットコースタータイプやギザギザタイプは精神的にも不安定になるので、うつ症状やパニック障害になりやすかったり、血糖値が上昇しない無反応タイプでは、脳にブドウ糖が十分供給されないため、常にボーっとしてだるいという状態になるそうだ。

低血糖のタイプと正常な血糖のグラフ(*データはあくまで一例です)

うつ症状と機能性低血糖症の関係

血糖値が下がれば、十分なブドウ糖が脳に行き渡らず、正常に機能できなくなる。そこで血糖を上げようとする緊急ホルモンが、体内から出てくる。それがノルアドレナリンやアドレナリンなどの物質だ。アドレナリンは、人を攻撃的にしたり、怒りっぽくしたり、イライラさせたりする性質をもつ。ノルアドレナリンは、不安、緊張、恐怖、抑うつを引き起こす。血糖値が下がると、異常な空腹感を起こして甘いものがほしくなる。この時、甘いものを食べると、一瞬は症状が収まるが、またインスリンが分泌されるため、再び同じ症状をくりかえすことになるという。

低血糖症の身体症状としては、疲労感、頭痛、眠気、めまい、ふらつき、失神感、視界がぼやける、聴覚過敏、発汗、甘いものに対する欲求などだ。また精神症状としては、物忘れ、思考力の低下、落ち込み、恐怖感、怒りっぽい、自傷行為などの症状が引き起こされるそうだ。なるほど、これらの症状の中にうつ症状ともいえる精神症状が含まれている。低血糖症がこうしたさまざまな精神症状と結びついている点が問題だと、姫野先生は低血糖症の恐さを指摘する。

姫野先生は、心療内科にうつ症状を訴えて訪れた300人中296人が低血糖だったと話す。なんと血糖値が正常だった人は、わずか4人ということだ。このデータから、低血糖がうつ症状と強く結びついているのがわかる。同時に、うつ症状が見られる中高年には、低血糖症が多いはずだともいえる。しかも、低血糖症はインスリンの過剰分泌からメタボリックシンドロームになりやすいという。

低血糖症に糖尿病が合併した場合、空腹時血糖は正常なので糖尿病であることがなかなかわかりづらい。低血糖だから、また食べてしまう。食べてしまうから、食事療法ができない。それならと、血糖を下げる薬を投与すると、血糖値がさらに下がるので、空腹になりまた食べてしまうという悪循環が繰り返されることになるのである。

糖分摂取過剰の生活を見直して

なぜ、こうした機能性低血糖症が増えたのか。うつ症状やパニック障害を訴える人が増えた背景には、ストレス社会や不規則な生活に加え、糖分の過剰摂取の問題があると、姫野先生はいう。今はどんな食品にも砂糖(糖質)が入っている。お菓子やスナックだけでなく、ふつうの食品や調味料にまで砂糖が入っている。母親が気をつけていても、幼い時から砂糖をいっぱい摂取する環境にあるといってもよい。そうした環境下では、知らず知らずに糖分を過剰摂取してしまい、インスリンがどんどん分泌されて、低血糖症を引き起こしてしまうのだそうだ。

さらに、ご飯で摂取した糖質をエネルギーに換えていくために必要なビタミン・ミネラルも取り入れにくくなっている点も一因だと、姫野先生は指摘する。昔に比べ、品種改良が積極的に行われている今、野菜に含まれるビタミン・ミネラルの量が急激に減少しているといわれている。おいしい野菜を作るために品種改良をくりかえした結果、口当たりは甘く、おいしい野菜が増えたが、栄養素がたっぷりと含まれている野菜が少なくなってしまったのだ。だから野菜を十分に食べていても、実は摂取すべき栄養素が不足していることがありうるという。

その他、中高年の男性にとっては「お酒も大きな問題」と、姫野先生は強調する。お酒を飲む人には低血糖が多い。よくお酒飲んで最後にラーメンを食べたり、帰宅してからお茶漬けを食べたりする人がいる。思い当たる方も多いのではないだろうか。これは、お酒の飲み過ぎでインスリンが過剰分泌して、低血糖になり、空腹を感じるせいだという。食べれば今度はメタボリックシンドロームの心配をしなければいけない。どうしてもガマンできなければ、ご飯類は食べないで、牛乳、チーズ、ナッツなど糖質でないもの、つまり、インスリンを分泌しないものを食べるといいと、姫野先生はアドバイスしてくれた。

男性更年期障害の時期にある中高年が陥りやすい飲みすぎに食べ過ぎ、これも中高年のうつ症状を引き起こす原因のひとつだった。しかも、単なる男性更年期障害より恐いのは、うつ症状だけでなく、さらにその先にメタボリックシンドロームという死に直結する病気が待ち受けていることだ。お酒の飲みすぎ、ご飯や甘いものの食べ過ぎに注意することが、男性更年期を心身ともに健康に過ごすには大切なことだと思い知らされた。最終回となる次回は、実際に男性更年期障害によるうつ症状に陥ってしまったら、どうつきあえばいいのか、その対処法について姫野先生からご指南をいただく。

監修者

姫野 友美(ひめの・ともみ)

東京医科歯科大学卒業。ひめのともみクリニック院長、心療内科医、医学博士。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」等に出演のほか、新聞、雑誌などでも、ストレスによる病気・症候群などに関するコメンテーターとして活躍中。

主な著書は『「疲れがなかなかとれないと思ったとき読む本』(青春出版社刊)『女はなぜ突然怒り出すのか?』『男はなぜ急に女にフラれるのか』(角川書店刊)など多数。