70年前から言われていた男性の更年期
読者の中に、こんな男性はいないだろうか。気分が落ち込む。集中力がなく、仕事の能率が落ちた。仕事も遊びもやる気にならない。体がだるい。眠れない。食欲がない……。思い当たるなら、「男の更年期」かも知れない。男が更年期!? そう、男にだって更年期はあるのだ。しかも「男の更年期」は「うつ病」とそっくりな症状を伴うという。「男の更年期」とは何か? どうすれば予防や治療ができるのか? この連載では、女性はもちろん男性の更年期障害も数多く治療にあたっていらっしゃる姫野友美先生(医学博士・ひめのともみクリニック院長)に「男性更年期障害」についてご指南をいただく。
これまで更年期障害といえば女性特有のもので、男性には縁のないものと思われていた。だが、実際には1939年に米国のA.・ワーナーという学者が、男性にも更年期があり、女性と同じようにさまざまな症状が現れると提言している。ところが、男性は女性のようなはっきりした身体的変化が現れないことや、個人差が大きなこともあり、医学的に認知されることはなかった。医学界で本格的な取組みが始まったのも、ここ数年のことだという。
こうしたことから、男性陣は長い間ずっと更年期を経験していながら、誰もそのことに気づいていなかったといえるだろう。では、その「男の更年期障害」なるものは、いったいどんな病なのか? 姫野先生は、まず簡単な質問を投げかけてきた。下記は、男性更年期をチェックする際に米国で広く使われているテストだとのこと。
更年期症状の問診表
- 最近、仕事の能力が低下したと感じていますか?
- 夕食後うたた寝をすることがありますか?
- 最近、運動をする能力が低下したと感じていますか?
- 勃起力は弱くなりましたか?
- 物悲しい気分・怒りっぽいですか?
- 毎日が楽しいと思うことが少なくなりましたか?
- 身長が低くなりましたか?
- 体力あるいは持続力の低下がありますか?
- 元気がなくなってきましたか?
- 性欲の低下がありますか?
どうだろうか。「はい」が3つ以上あった人はズバリ、男性更年期の心配がある。えっ、こんなことで? そう思わずにはいられない。ふだんは「歳のせい」と片付けてしまいそうなちょっとした心身の不調が、実は男性更年期に伴う典型的な症状だというのである。思い当たることだらけだ。他人事ではない。
男性ホルモン減少による男性更年期は少ない!?
そもそも更年期とは、「卵巣の機能が衰え、停止する時期」と医学的に定義されている。だから長年、更年期は女性にしかないと、医学界でも考えられてきた。ところが最近になって、男性も成熟期から老年期に移行するにつれ性腺機能が変化し、それによってさまざまな症状が現れるということが明らかになってきた。
思春期になった男の子が急に男らしくなるのは、男性ホルモン、中でもテストステロンの分泌が増加するからだ。男性的な肉体、太い声、男っぽい性格といったいわゆる"男らしさ"は、このテストステロンの作用による。こうした男性ホルモンは一般的に30代からは減少をはじめ、40代後半から50代になるとその減り方が若干大きくなる。この男性ホルモンの減少によって起こるさまざまな身体的、精神的不調が、「男性更年期障害」というわけだ。
もっとも、男性ホルモン減少による体の変化は、女性の閉経のように劇的なものではない。女性に比べると、ずっと緩慢だ。しかも、きわめて個人差が大きく、年齢がいっても自覚しないままの男性も少なくない。このことが、これまで「男性更年期」の存在をヴェールに隠していたとも言える。また男性更年期になる年齢が、働き盛りの年齢、社会的に責任の重い年齢と重なることから、この程度の不調は当たり前と、世の男性たちは弱音を吐かずにがんばってきたことも、背後にあると姫野先生は分析する。
こうした男性ホルモンの減少からくる男性更年期障害のさまざまな症状は、男性ホルモンを注射することで多くの場合改善する。すなわち、男性ホルモン補充療法だ。ところが、現実には男性ホルモン減少が原因で男性更年期になる人は少ないと、姫野先生は言う。姫野先生のクリニックへ男性更年期ではないかと診断に訪れた男性に、男性ホルモンの血中濃度を測定すると、ほとんどの人は正常範囲内にあり、病的に男性ホルモンが不足している人は滅多にいないという。「男性ホルモンの減少は、あまり心配しなくていい」と姫野先生は笑顔でおっしゃる。
男性更年期の主原因は加齢によるエネルギーダウン
では、なぜ男性更年期になるのか? 姫野先生は、男性更年期はほとんどの場合エネルギー・ダウンから引き起こされるという。タンパク同化作用があるテストステロンには筋力増大作用がある。だからテストステロンが減少すると、筋力が低下する。同じ時期、筋肉を作る成長ホルモンも減少するので、筋力低下はますます著しい。それに加えて、体の新陳代謝が落ちてエネルギー産生が悪くなるので体力低下を感じたり、疲れやすかったりといった症状は仕方のない加齢現象だという。つまり男性ホルモン減少の問題ではなく、エネルギーダウンの結果だというわけだ。
男性更年期は男性ホルモン減少の結果だと言われると、なんだか"男"を否定された気分だが、単なるエネルギーダウンの結果だと、姫野先生に笑顔で言われると、少しホッとする。もっとも"仕方のない加齢現象"というのは、要するに歳をとったということか! とやはり悲しむべきか、更年期のオジサンとしてはちょっと複雑な気分だ。
ところが、肝心の話はここからだった。筋肉のエネルギーダウンは仕方ないが、脳のエネルギーダウンは見逃せないと、姫野先生の話が続く。なぜなら、脳のエネルギーが低下すると、意欲の減退、仕事の能率低下、物悲しい気分になる……など、まるでうつ病そっくりの症状が出るというのだ。男性更年期でうつ状態になる? これは一体どういうことか! 次回は男性更年期とうつの関係に迫る。
監修者
姫野 友美(ひめの・ともみ)
東京医科歯科大学卒業。 ひめのともみクリニック院長、心療内科医、医学博士。 テレビ東京「主治医が見つかる診療所」TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」等に出演のほか、新聞、雑誌などでも、ストレスによる病気・症候群などに関するコメンテーターとして活躍中。
主な著書は『「疲れがなかなかとれないと思ったとき読む本』(青春出版社刊)『女はなぜ突然怒り出すのか?』『男はなぜ急に女にフラれるのか』(角川書店刊)など多数。