【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

僕の妻・チーは何事にも几帳面で神経質な性格をしている。一方、僕の母・マリーバは何事にも大雑把で適当な性格の持ち主だ。なお、マリーバのキャラクターがいかに強烈且つ濃厚であるかは、前回の話を読んでいただきたい。

さて、そんなチーとマリーバの現在の関係は、言わずもがな嫁と姑である。几帳面な嫁と大雑把な姑。そんな対照的な二人が、果たしてうまく噛み合うのか。二人の間に挟まれた夫の僕にとっては、未来の明暗にかかわる大きな心配事のひとつだ。

だからその日の夜、一人で帰宅途中の僕は不安に苛まれていた。なにしろ、現在の我が家ではひょんなことから息子の家庭を訪ねてきたマリーバが、チーと二人で夕飯の準備をしているのだ。「几帳面VS大雑把」の嫁姑戦争が勃発していなければ良いのだが。

というわけで、帰宅した僕は高鳴る心音を抑えながら、キッチンのあるリビングまで歩を進めた。ドアをゆっくり開け、中の様子を恐る恐る覗き込む。

すると、僕の目にまったく予想していなかった光景が飛び込んできた。キッチンに立って、あくせく料理をしているのはチーだけであり、一方のマリーバはというと、リビングのソファーでくつろぎながら、友達と楽しそうに談笑していたのだ。

「あらー、隆道くん。おかえりなさい」そう言って、にこやかな笑みを浮かべたのは、僕も子供の頃からよく知っているマリーバの無二の親友・K女史(62歳)だった。

おいおい、マリーバ一人じゃなかったのか。どうしてK女史が我が家でくつろいでいるのだろう。僕は事態がいまいち呑み込めず、ただ目を白黒させるしかなかった。

ちなみに、このK女史はマリーバに負けず劣らずの強烈なキャラクターの持ち主だ。今から16年前にイギリス人の夫を病気で亡くした還暦すぎの未亡人だというのに、いまだに多数のグッドルッキングガイと優雅に交際を重ねる永遠のファンキーガールである。しかも年甲斐もない派手なファッションがすごい。その日もボディラインを強調し、胸の谷間を大胆に露出した鮮やかな色合いのワンピースを着ていた。これで仕事は敏腕で、海外を飛び回る女社長というのだから、人間はつくづくわからない。

要するに、だ。マリーバは勝手に自分の友達を息子の家庭に誘い込み、嫁に一人で料理をさせておいて、自分は友達とおしゃべりに夢中という、荒業を敢行していたのだ。聞けば、当初の予定ではチーの料理を手伝うつもりだったらしい。しかし、ついトークのほうが楽しくなってしまい、予定を変更したという。なんという、適当さだ。

一方のチーは今まで見たこともないような真剣な表情で、いつにも増して手際よく料理に励んでいた。あまりに忙しなく動いているので、気安く話しかけることもできない。

もっとも、無理もない。姑だけでなく、姑の友達も含め、二人の還暦女性からずっと監視されたような状態で、まだ20代後半の新妻がキッチンに立っているのだ。こんなプレッシャーのかかる料理はそうないだろう。いったい誰が怠けられますか。

結局、その日の夕飯はチーが一人で作り上げ、それを四人で食べることになった。食事中も飲み物や調味料の追加があるたびに、チーだけがあくせく動き回っていた。マリーバは何をしていたかというと、もっぱらK女史とのトークに夢中だったわけだ。

なるほど、こういう嫁姑関係もあるのか――。僕は妙に納得した。

大雑把な姑と几帳面な嫁の場合、何かと衝突するのではと危惧しがちだが、その実は意外にうまく噛み合うのかもしれない。姑が大雑把すぎると、嫁のやることが何も気にならないため、いちいち口を挟むこともない。一方の嫁は、姑を前にすると当然のように襟を正すため、生来の几帳面さに拍車がかかり、おもてなしにも気合いが入る。かくして嫁と姑は何も問題を起こすことなく、良好な関係を維持することができるというわけだ。

考えてみれば、この世の嫁姑問題の大半は、姑が嫁に対して何かアクションを起こしたときに勃発する。姑が嫁の行動をいちいち気にするから、何か言ってやりたくなる、あるいは余計なお節介を焼きたくなる。そして、嫁はそれを鬱陶しいと感じるから何か反論したくなる、あるいは姑から遠ざかりたくなる。そして、それは逆に言うと、姑が何も気にしなければ何も起こらないということだ。嫁姑関係を良好に保つ最大の秘訣は、姑が何事にも黙る、さらに一切動かないということなのかもしれない。

それを証拠に、夕食が終わった後、マリーバとK女史が急に思いついたように「洗い物ぐらいはわたしたちがやってあげる」と言い出してから、雲行きが怪しくなった。「チーちゃんはお疲れだから、ゆっくり休んでてねー」マリーバとK女史は上機嫌でキッチンに立ち、二人で手分けしながら食器を次々に洗っていく。

しかし、それを見ているチーの表情が、僕は今も忘れられない。呆けたように両目を丸くしながら、みるみる蒼褪めた顔になっていったのだ。

その理由はマリーバとK女史が帰った後に明らかになった。二人が洗った食器の大部分に、まだ洗剤の泡がついていたため、チーがすべて洗い直すことになったからだ。

やっぱり姑は何もやらないほうがいい。動かないことが正解なのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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