【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

結婚生活とは夫と妻による陣取りゲームのようなものだ。以前、ある人生の先輩からそんなことを言われた。それまで異なる環境で生きてきた赤の他人同士の男女が共同生活をするのだから、当然それぞれの価値観やライフスタイルの衝突はあるわけで、だから夫婦は衝突のたびに譲り合ったり、折衷案を出し合ったりしながら、二人だけの新たなライフスタイルを築いていく。ならば、その譲り合いにおいて、自分が譲歩する部分が少なければ少ないほど、すなわち自分の方針で支配できる陣地が多ければ多いほど、その人は生活しやすくなるに違いない。そのあたりの駆け引きを陣取りゲームに例えているわけだ。

実際、周囲を見渡してみると、どこの夫婦にも多少はこの陣取りゲームを戦った跡がうかがえる。ある知人夫婦は掃除や洗濯に関しては妻の方針に夫が合わせているが、その代わり料理の味付けに関しては夫の好みに妻が合わせている。また、ある知人夫婦は家の内装や収納に関しては妻の方針に合わせているが、財布の紐は夫が固く握っている。このように共同生活をしていく中で必要な要素(陣地)を夫と妻が奪い合うことで家庭内の平和を保つということだ。夫婦生活も広義では政治と一緒なのである。

そう考えると、亭主関白とは言わば夫側が天下を統一した独裁政権であり、恐妻家庭とは妻側の独裁政権に他ならない。夫側の僕にしてみれば、自分が極端な独裁政権を確立したいとまでは思わないものの、それでも恐妻家庭だけは御免こうむりたい。現実的な話になって恐縮だが、「6:4」くらいで妻より多くの陣地を奪えれば御の字だ。

僕は結婚以来、この陣取りゲームをなんとなく意識してきた。結婚するまで10年以上も自由気ままな独り暮らしを満喫してきただけに、どうしても守りたかったのは生活の自由さである。家の中での行動に様々なルールがある窮屈な暮らしだけは勘弁願いたい。

そこで僕はそんな理想を叶えるために、まずは自分がどうでもいいと思っている部分に関しては、意識的にチーの方針に委ねることにした。電化製品や家具などはすべてチーに自由に選ばせ、自分の好みは一切口にしない。さらに部屋のインテリアなど内装に関してもチーの意見を尊重する。そうすることで我が家はすっかりチー仕様となった。

しかし、ここからが戦いだった。家の内装はどうでもいい僕であるが、一緒に生活していくうえでチーがしばしば口にする、以下のような注意点が煩わしい。

  1. 脱いだ靴下は一回手洗いしてから、洗濯籠に入れて!

  2. 使った歯ブラシを水でゆすいだあとはタオルで拭いてから、元の場所に戻して!

  3. トイレを使ったあとは便座の蓋を必ず閉めて!

これら以外にもまだまだたくさんあるのだが、すべて書くと文字数をオーバーしてしまうので割愛する。とにかくチーは生粋のA型女子ならではの細かく神経質な性格をしているため、結婚した当初は僕の大雑把な暮らしぶりに対するダメ出しが非常に多かった。

そこで僕は考えた。これらすべてをチーの方針に合せていたら、僕がもっとも守り通したかった「自由な生活」が侵害されてしまう。正直、靴下なんか脱いだらすぐに洗濯籠にポイしたい。かくして、「大雑把国VS.コマガール国」の陣取りゲームが始まった。

当初の僕は「そんな細かいことできないよ! 」などと、馬鹿正直にチーに抗議したものだ。しかし、そうやって反抗すればするほど夫婦仲は険悪になるわけで、だからこそチーもますます語気を強めて、さらに細かい指摘をしてくる。まさに逆効果だった。

したがって、僕はあるときから陣取りゲームの作戦を大きく変えた。自分の陣地の正当性を主張することでチーに納得してもらうのではなく、チーに諦めてもらうことを念頭に置く。たとえば前述の靴下問題の場合はこうだ。チーに「靴下はいったん水で手洗いしなさい! 」と怒られるたびに、大きな声で素直に「ごめんなさい! 次からは絶対そうします! 」と返事をして、チーをそれ以上怒らせないようにするわけだ。

しかし、それでも一向に直さないところがポイントである。翌日脱いだ靴下も水洗いすることなく、そのまま洗濯籠にポイ。当然チーはまたも憤慨し、「ちょっと、何度言ったらわかるの! 靴下はいったん水洗いしてよ! 」となるわけだが、そこでも僕は一切反論せず、「あ、またやっちゃった! ごめんなさい、次からは直します」と素直に謝罪する。しかし、それでもやっぱり直さない。翌日もまた洗濯籠にポイである(最低ですね)。

その後もこれを何度か繰り返した。すると、やがてチーは同じ注意を繰り返すことに疲れてきたのか、あるいは僕の学習能力を諦めたのか、とにかく靴下問題について何も言ってこなくなった。その他の注意点も同様である。チーに怒られるたびに素直な謝罪を繰り返し、しかしそれでも一向に直らないという、幼児や犬をもしのぐほどのダメ男ぶりを見せつけることで、チーに対して自分の陣地をしぶしぶ黙認させたわけだ。

もちろん、夫婦生活の根本に愛想を尽かされては困るため、そこは気をつけなければならないが、そこさえクリアできれば、これはかなり有効な作戦だと思う。相手の期待に応えないようにすれば、そのうち面倒なことは言われなくなる。これは人間社会における残念な真理のひとつである。夫婦の陣取りゲームは「諦め」のせめぎ合いなのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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