【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。
僕の中学・高校時代の同級生にSという男がいる。Sの存在を初めて認識したのは、今から20年以上前の1980年代後半。僕が大阪府下の某中学校に入学してすぐのころだ。
Sは入学当初から学年で一番目立っていた。その存在感を一言で表すなら、ずばり大金持ちの超ボンボンである。なにしろSはまだケータイ電話が普及していなかった時代にもかかわらず、中学1年生にして超大型のケータイ電話を学校に持ってくるわ、これまた超大型のシステム手帳を学校に持ってくるわ、いったいどこのビジネスマンだと見紛うような重装備で校舎内を闊歩していた。ちなみにSは小柄な男で、中学1年当時は身長140cm台前半だったと思う。そんなチビッコが前述した重装備なのだ。漫画である。
聞けばSの父は、大阪屈指の繁華街・ミナミを拠点とする不動産業で大成功をおさめた人物らしく、当時はバブル景気の真っ盛りだったこともあって、その羽振りの良さは常軌を逸していた。Sの自宅は大阪ミナミの超一等地にあるビル一棟丸ごとであり、そのビルのワンフロアすべてがSの部屋。月の小遣いの額を訊いたことはないが、間違いなく中1にしては異常なほど高額だったはずだ。当時、Sの財布の中身をなんとなく覗いてみたことがあるのだが、そのとき1万円札の束(おそらく10万円以上)が入っていて、思わず目を丸くした。Sに「100円貸して」と言って、1万円札を出されたこともあった。
中でも忘れられないのは、中学2年のある日曜日のことだ。
そのころ、どういうわけか急激にSと仲良くなった僕は、その日初めてSと外で遊ぶ約束をした。僕らは昼すぎごろに大阪ミナミの中心部である巨大ターミナル・難波駅の某スポットで待ち合わせをしたのだが、そのとき先に待ち合わせ場所に到着していた僕の目の前に、眩いばかりの原色イエローのスーツを軽快に纏った中学2年のSが颯爽と登場したのだ。当時のSの身長は、ちょっと伸びて150cmくらいである。
Sのスーツは高級ブランド・ベルサーチのもので、数十万円はする代物だった。一方の僕はどこにでもいる中学生と同じく、ジーパンにTシャツ姿。友達と二人で歩いているだけで恥ずかしいと思ったのは、後にも先にもあのときしかない。Sの中学生らしからぬ風貌は、もし亀に乗っていたら完全に『お坊ちゃまくん』(小林よしのり)だ。
さらに驚いたのはそれだけではない。Sと二人でミナミを歩いていると、通り沿いに並ぶ多くの飲食店の方々から次々に声をかけられる。「Sくん、今日もかわいいねえー」「Sくん、お父さんによろしくねー」「Sくん、また遊びにきいやー」。そう、Sは中学2年にしてミナミ界隈のちょっとした顔なのだ。いったい、どんな人生を送ってきたのだろう。
その他、Sは高級ブランド時計を500本以上所有していたり、ヘリコプターを所有していたり、「銭湯に行く」と言ってヘリコプターで和歌山の温泉に飛び立ったり、それまでの僕の常識や価値観が根底から覆されるような仰天金持ち行動を連発した。彼と多くの時間を過ごした青春時代は、今も思い出深い。賛否はあるだろうが、金持ちのボンボンもあそこまでいけば笑えてくる。馬鹿らしくて、妬みや嫉みの対象にすらならないわけだ。
しかし、それで終わらないのがSのすごいところである。その後、高校を卒業したぐらいのころに、Sの家庭は日本経済全体を襲ったバブル崩壊の余波をもろに食らい、大富豪から一転して多額の負債を抱えることになった。ミナミに所有していた数々のビルは次々に抵当権を実行され、その競落金もすべて多額の債務返済に充当されていく。果たしてその結果、Sは一家で平凡な賃貸マンションに引っ越すこととなったのだ。
そして36歳になった現在、Sは中高時代からは考えられないぐらい、口を開けば「金がない、金がない」とぼやくようになった。いやはや、すさまじい落差である。現在の経済事情を訊くなどという下品なことはしたくないため、最近のSがどんな暮らしをしているのかはわからないが、おそらく相当大変なのだろう。もともとの資産が多くなれば多くなるほど、ちょっとしたボタンのかけ違いで生じる負債も莫大になるものだ。
さらに現在のSの悩みは「金がないから、まだ結婚できない」ということらしい(ようやく「恋愛・結婚」をテーマにしたエッセーっぽくなってきた)。なんでもSには結婚を前提に付き合っている30代の彼女がおり、年齢的なこともあって双方とも早く結婚したがっているのだが、結婚式にかかる資金やその後の結婚生活を考えると、まだまだ貯金が足りず、月の収入も心許ないという。Sは意外に真面目で堅実な性格なのだろうか。
ところが、次のSの台詞を聞いて、またも価値観のギャップに驚かされた。
「だって結婚式って最低でも1億ぐらいはかかるやろ? そんな金、まだ無理やわー」。
かかんねえよ――っ!!
開いた口が塞がらないとはこのことだ。バブル崩壊以降、何かと「金がない」とぼやくようになったSだが、彼の場合、そもそもの金欠の基準が一般レベルと大きく違う。夫婦生活に必要な月収の最低ランクも、数百万くらいに設定しているのではないか。
いずれにせよ、Sはまだしばらく結婚できないだろう。人間の成長過程で培われた価値観は、そう簡単に変えられるものではない。Sの奥さんになる女性を慮るばかりだ。
<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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