【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

以前、ある年配の男性から「夫婦円満の秘訣は男が何も言わないことだ」とアドバイスを受けた。妻の不平不満はもちろん、時には理不尽な言動でさえ、夫はそれをまともに受け止めたり、それに歯向かったりすることなく、ただ頭を下げておけばいいという。

「夫婦喧嘩で男が暴力をふるうのは言語道断だけど、だからといって口喧嘩になったら男は女に勝てるわけがない。だったら最初から喧嘩に発展させなきゃいいんだよ。家内になんと言われようとも『はいはい』うなずいていたら、そのうち火の粉は消えるもんだ」。

年配の男性はそう言葉を締めて、高らかに笑った。推定年齢60歳強、夫婦生活40年近くにも及ぶ人生の大ベテランからの、非常にありがたい訓示である。

なるほど、一理あるかもしれない。世の中の男と女を比べると、あくまで一般論としては女のほうが口が達者で、なおかつヒステリックなイメージがある。対する男は暴力なら女に勝って当たり前(例外はあるけど)という認識が一般化しているわけだが、だからといって男が女に対してそれを振りかざすと卑怯者扱いされてしまうため、拳をおさめざるをえない。かくして男女の喧嘩は、女のホームグラウンドである口喧嘩でしか勝負できなくなる、つまり男にとっては明らかに不利な戦いになるため、それなら男は最初から「逃げるが勝ち」よろしく、勝負を避けたほうがいいという理屈だ。

しかし、これがそのまま僕ら夫婦にも当てはまるかといえば、そこは微妙である。なぜなら僕と妻のチーの場合、それはもう圧倒的な差で僕のほうが口が達者だからだ。

思い起こせば、僕は子供のころから男のくせに口が達者で、両親や親戚連中からはやれ口から生まれただの、やれ頭ではなく口で物事を考えているだの、やれ口にスピーカーがついているだの、さんざんネタにされてきた。おまけに、ただギャーギャーわめくだけではなく、生来の理屈っぽさを駆使して、立て板に水のごとく流暢に論説を垂れるガキだったため、周囲の大人はさぞかし手を焼いたことだろう。小学生時代、同居していた祖母と何度も口喧嘩しては、そのたびに言い負かしていた。おばあちゃん、ごめんよ。

そして大人になった今は、もちろん時と場合、さらに相手ぐらいは選ぶようになったものの、いざ本気になったときはますます饒舌になった。本業の肩書きは(しがない)作家でありながら、テレビ・ラジオの各種番組やイベント等でMC及びコメンテーターの仕事を多くこなしているのは、そういった僕の特異性によるところだ。

したがって僕とチーの夫婦喧嘩は基本的に激しい舌戦であり、それがどれだけヒートアップしていこうが、最後は必ず僕が勝利をおさめることになっている。チーは「口喧嘩に訴えるのはずるい! 絶対に勝てないもん! 」と、まるで男が女に対して口にするような台詞をよくこぼしている。普通、女は「男が暴力をふるうのはずるい」だろう。

これまでの僕はそれで問題ないと思っていた。夫婦で口喧嘩をしても高確率で勝てるなら、いくらでも勝負を受けて立ってやる。悪いが、チー相手の口喧嘩ではまったく負ける気がしない。黒を白に変えるぐらいの自信がある。ふふふ。我ながら子供だ。

ところが、最近になって思わぬ弊害に気がついた。男女の口喧嘩でいつも男が勝利してしまうと、その男に対する周囲のイメージが著しく悪くなってしまうということだ。

このカラクリは以下の通りである。

たとえばチーが、会社の給湯室で昨夜の夫婦喧嘩の愚痴をこぼしたとする。

「昨日、夫と口喧嘩したんだけど、夫は口が達者だから言い負かされたんだよね」。すると、同僚のA子は眉間に十円玉が挟まるぐらいの皺を寄せることになっており、「えー、チーちゃんの旦那さんって口が達者なのー? 男でそういうのって、なんかイヤじゃなーい? 」と疑問を投げかけることにもなっている。さらに、そこに2人の上司である40代のお局さんもやってくることになっており、給湯室でコーヒーを沸かしながら「男っていうのはさー、黙ってドシっと構えているのが一番よねえ」と、自分の独身を棚の奥の奥に上げて、鼻をうごめかしながら男性論を語ることにもなっている。

こうなってくると給湯室に女子社員がみるみる増えていき、みんなで一斉に「チーちゃん、かわいそうー。旦那さんも大人になるべきよねー」の大合唱。その噂はわずか3日ぐらいで社内の隅々に広まることになっており、いつのまにか「チーちゃんの旦那さんはヒステリーな暴力男」「チーちゃんは家庭で夫の暴力に悩まされている」などといった捏造情報まで飛び回ることになっている。その結果、あろうことかチーのもとにわけのわからない不倫狙いのタイトスーツ男があらわれ、「旦那のことで悩んでいるんだって? 俺が相談に乗ってやろうか? 」などと甘い囁きを繰り出すわけだ。ありえると思います。

要するに、夫の饒舌は世間的なイメージダウンの一因になりえるということだ。その反面、男が家庭の中でおとなしくしていると、たとえ他にこれといったアピールポイントはなくとも、ただそれだけで「寡黙で誠実そうな旦那さん」という好感度を獲得できたりする。言わば「沈黙は金なり」、いやもとい「沈黙は好感度なり」ということか。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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