【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

去る休日、久しぶりに家族でお出かけした。家族といっても、我が家にはまだ子供がいないため、メンバーは僕と妻のチー、そして愛犬のポンポン丸くんだ。

お出かけの目的はドライブである。我が家はマイカーを所有しておらず、これまで車でどこかに出かけることは皆無に等しかった。だからチーは、かねてから「たまにはレンタカーでドライブしたい」と切に希望していたのだ。

そんなリクエストに応えるべく、その日の僕はレンタカードライブを決行した。午前中に近所のレンタカーショップで車を借りて、いざ出発。チーとポンポンはよっぽどドライブが楽しみだったのか、朝からやけにハイテンションだった。

ところが発進させてまもなく、ある計算違いが発覚した。チーはドライブ用のCDを大量に持ち込んでいたのだが、借りた車にはCD機器が装備されていなかったのだ。

もっとも、これは僕にとってはほんの些細なことで、CDが聴けないならラジオを聴けばいいじゃないかと思うのだが、チーにはかなり堪えたようだ。せっかくCDをたくさん用意したのにすべて無駄になったという徒労感が、彼女の繊細な神経にずっしりのしかかったのか、チーはたちまち頬を膨らませ、みるみる不機嫌そうな表情になっていった。

僕はチーの機嫌を回復させようと、慌ててFMのスイッチを押した。しかし、どの局からもチーが好きそうな音楽は流れてこない。それどころか、最近のFMはやけにトークの時間が長く、音楽目的で聴くこと自体が適していないのかもしれない。かくして僕らのドライブのBGMは、見知らぬ男性DJの妙な人生相談コーナーとなったわけだ。

その後、チーはますますおとなしくなった。あれだけドライブがしたいと強く希望していたわりに、いざ実現しても嬉しそうな表情を見せない。僕としては、そんなチーの反応が気になって仕方なかった。たかだかCDぐらいで、そこまで落ち込むものなのか。

それからしばらくして、ようやくチーの不機嫌の原因がわかった。さすがにCDの件だけではなく、それとは別の生理的な原因もあって気持ちが沈んでいたようだ。

要するに、お腹が減っていたのである。これも一見些細なことだと笑われるかもしれないが、チーにとっては重大なことらしく、彼女はどういうわけか昔から腹が減ったり喉が渇いたりすると、極端に機嫌が悪くなってしまう。要するに子供なのだ。

案の定、ほどなくして食べ物と飲み物を与えると、チーは一気にご機嫌になった。BGMがわりのFM番組からは相変わらず音楽が一切流れてこず、なぜかオカルトチックなテーマで謎のDJたちがトークを展開していたが、チーは空腹が満たされたことで心が寛容になったのだろう。いつのまにかBGMについて不満を漏らさなくなり、ようやく休日のドライブらしい楽しい空気が漂い始めた。

よし、ここからが本番だ。僕はアクセルを強く踏み、車を快調に走らせた。前もって目的地を決めていたわけではないので、そのときの思いつきで富士五湖のあたり、中でも河口湖を目指す。今日は天気がいいから富士山が綺麗だろう。緑豊かな大自然に囲まれながら、河口湖でボートに乗る。静かにたゆたう水面と絶景の富士山が、忙しない都会で働く僕らの心身を癒してくれるはずだ。それが、このとき咄嗟に描いた青写真だった。

東京の首都高速から中央道に入り、車は一路河口湖へ。1時間も走ると都会の喧騒は背後に消え、前方に美しい山々が広がってきた。遠くに富士山も見える。これだこれ、やっぱりドライブはこうでなくっちゃ。待望の絶景に、僕の胸はみるみる高鳴った。

ところが一方のチーは、またもおとなしくなっていた。都会の景色から田舎の景色に移り変わっていくにつれ、どういうわけかテンションが下がっていく。おかしい、チーはこの絶景を見てなんとも思わないのか。僕はめちゃくちゃ楽しい気分だぞ。

すると、ほどなくして原因が解明された。チーは生まれついての田舎育ちのため、こういう景色には逆に慣れており、心がまったく躍らないのだ。高校卒業まで大阪で育ち、以降も東京で15年以上生活している僕とは日常の心象風景が大きく違う。アスファルトの道路や高層ビル、街にひしめく人混みばかりを見て育った僕と、美しい山々や湖、牧歌的な田園風景ばかり見て育ったチー。田舎の景色に新鮮さを覚えるのは、当然僕のほうだ。

しかもチーは田舎の退屈さに辟易して、東京に出てきた女性である。そう考えると、富士五湖の周辺はチーにとって退屈だった時代を思い出させる、言わばマイナス要因にもなりえる。少なくとも癒されることはないだろう。僕の独善的な勘違いだったのだ。

それは河口湖畔に到着してからもしかりだった。昔からなぜか水辺が好きな僕は、ポンポンを連れて大はしゃぎするのだが、チーのテンションは依然として低いままだ。「見て見て、いい景色だよ! 」。僕がそう促しても、チーは「普通じゃない? 」と一蹴する。なんでも子供のころから自然に慣れ親しんできたため、多少の絶景では驚かないらしい。

こうして僕らは、微妙な消化不良を感じながら河口湖をあとにした。もしかしたらチーとのドライブは東京都内で良かったのかもしれない。それを証拠に、夜に東京に戻って以降のチーは、渋谷や六本木を車で走りたいと一転して目を輝かせたのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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