【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。
妻のチーは生粋ののんびり屋である。家事にしても、出かける準備にしても、歩くスピードにしても、とにかく何かと行動が遅い。これはチーの几帳面な性格にも起因しているようで、たとえばチーは食器を洗うのも、料理を作るのも、化粧をするのも、とにかく丁寧に細かくやるので、どうしても作業スピードが遅くなってしまうというわけだ。
中でも、そんなチーのスローペースが最大に発揮されたのは、題して「着物騒動」である。僕らが結婚するとき、女性にとって一生モノの着物も必要だろうという判断から、高価な訪問着を購入したのだが、今回はそんな山田夫妻の家宝にまつわる話だ。
昨年2011年11月19日、僕らは結婚して初めて、夫婦そろって親しい友人の結婚式に招待していただいた。結婚式となると、女性はどんな服装をするのかでおおいに悩むところだろうが、そのときのチーは迷わず、その訪問着をセレクトした。
なお、その訪問着は普段、大阪にある僕の実家に保管している。我がマンションには収納スペースが足りないため、使うときになったら大阪から取り寄せ、使い終わったら、再び大阪に送り返すということだ。たまにしか着ないのだから、それで充分である。
したがって、今回も結婚式が終了してすぐに、訪問着を大阪の実家に送り返す予定だった。僕の実家は築70年以上のおそろしく古い日本家屋で、風通しが良く、乾燥した和室もいまだに多いため、着物の保管に適している。着物は湿度でいたむ場合があるからだ。
「着物がいたむと良くないから、早く大阪に送りなよ」。僕が促すと、チーは当然といった表情で「もちろん、そうするつもり」と答えた。宣言通り、チーは使い終わった訪問着を丁寧にたたみ、保管箱にしまう。あとは宅配業者に連絡して、集荷を依頼するだけだ。
ところが、ここからが驚異的なスローペースだった。結婚式が終了して1週間、2週間と経過しても、一向に集荷を手配する兆しがなく、いつのまにか年末が迫ってきたのだ。
僕はだんだん心配になってきた。結婚を機に購入した夫婦の一生モノの家宝が、1カ月以上も寝室の床に無造作に横たわっているのだ。いやはや、なんという雑な扱いだ。この光景を見て、不快に思わない夫はいないだろう。おまけに我が家の寝室はそんなに広いわけではないため、それが床に転がっていると、足の踏み場が一気になくなってしまう。あわや家宝を足で踏みつけそうになったことも、一度や二度ではなく、そういう危険回避の意味でも、チーにはできるだけ早く行動を起こしてもらいたい。
「ねえねえ、チーさん。いつになったら着物を送るの? 」。年末のある日、僕は勇気を出して、おそるおそる訊ねてみた。「このままだと、年を越しちゃうよ」。
その瞬間、チーの顔色が変わった。あきらかに不機嫌そうに頬を膨らまし、下唇を剥きながら言う。「今やろうと思ってたところなのに、そういうこと言わないで! 」。
ああ、やっぱりこのパターンか。普段からチーは、他人に時間を急かされるような苦言を呈されると、途端に憤慨するところがある。なんでも子供のころから、何かと周りに「遅い! 」「早く! 」と怒られ続けてきたため、その手の台詞に嫌悪感があるらしい。
したがって、僕もこれ以上はしつこく追及できなかった。チーが「今やろうと思ってたところ」と言うのだから、それを信じるしかない。いや、期待するしかない。
果たして、結果はまたもや期待外れだった。結局、夫婦の家宝が寝室に転がった状態のまま、2012年の年が明け、あっというまに正月もすぎた。早いもので結婚式が終わって2カ月以上が経過した1月の下旬になっても、寝室はいまだに足の踏み場がない状態だ。
さすがに我慢の限界が近づいてきた。いくら行動がスローペースとはいえ、これは限度を超えている。だいたい、業者に集荷を依頼するだけじゃないか。何事も丁寧にやる性格ということが、ここまで遅い理由にはならないだろう。電話1本じゃないか。
僕はチーが憤慨するのを承知で、再び急かすことにした。「いいかげん、着物を何とかしろよ! 集荷を依頼するだけだろ! 」。すると、チーは案の定、膨れっ面になり、「集荷を依頼するのも簡単じゃないのよ! 」と逆ギレ。「業者の人が家に来る時間とわたしの在宅時間を合わせないといけないから、スケジュールの都合が色々あるのよ! 」。
なんだそれ――。呆れて物も言えない。スケジュールが合わないといっても、いくらなんでも2カ月以上も合わなかったわけではないだろう。怠慢の言い訳じゃないのか?
その後、2月に入っても状況は変わらなかった。そのころになると、寝室の床に転がっている我が家の家宝の上で、愛犬のポンポン丸が優雅にくつろいでいるという、なんとも罰当たりな光景を目にする機会も増えた。「ポンポン、そこはベッドじゃないんだよ。僕ら夫婦の宝物なんだ。お願いだから、降りておくれ」。そんなふうに何度も諭したものの、当然ポンポンは理解できるわけもなく、ヘラヘラした顔で寝返りを打つだけだった。
結局、その後どうなったかというと、驚くなかれ、である。
あの結婚式から5カ月近くが経過した現在(2012年4月)もまだ、我が家の家宝は寝室に置かれたままだ。業者との集荷予定を合わせるというのは、そんなに時間がかかるものなのだろうか。
<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
山田隆道公式Twitter
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