僕のモットーはシンプルライフである。とか言いつつ、本当はそこに高尚な理念があるわけではなく、単純に昔から物欲があまりないため、ごく自然の流れとして生活が簡素になっているだけだ。独身時代のマンションの、なんと物の少ないこと。僕はちょっと部屋に荷物が溜まっただけで、すぐに不快になって物を捨ててしまう男である。
しかし結婚して以降、それが激変した。僕に言わせれば、妻のチーは典型的な「捨てられない女」であり、現在のマンションに引っ越してきた当時、驚くほど大量の荷物を運んできた。連載第2回でも書いたが、とにかく整理整頓が大変だった。引っ越しは去年の3月下旬だったが、部屋がようやく綺麗に整理されたのは5月も終わりのころだった。
そんな中、年が明けた現在になっても、いまだに僕の中でにわかに納得できないことがある。それは我が家の愛犬・ポンポン丸専用のハウスが2つもあるということだ。
片方のハウスは全体が丸太の形状で、中が空洞になっており、その空洞部分にポンポンが入るという仕組み。また片方のハウスは全体がキノコの形状で、キノコの傘の下が空洞になっており、その空洞部分にポンポンが入るという仕組み。我が家では前者を丸太ハウス(そのままですね)と呼び、いつもリビングの隅に設置している。そして後者はキノコハウス(これもそのままですね)と呼び、いつも寝室の隅に設置しているわけだ。
正直言って、僕はどちらか片方だけでいいと思っている。リビングにポンポンのハウスがあるのは、彼(オスです)も安らぐ場所が欲しいだろうから納得できるが、寝室にはいらないだろう。ポンポンの睡眠スタイルは基本的に僕ら夫婦が一緒に眠るベッドの上であり、言うなれば川の字状態だ。寝室にハウスは不必要に違いない。
「ねえ、チー。ポンポンのハウス、どっちか捨てない? 」
当然、そんな提案は今まで何度もしてきた。丸太ハウスかキノコハウス、どちらか1つをリビングに設置するだけで充分だ。ただでさえ我が家の寝室はベッド以外のスペースに余裕がない。つまり、寝室にポンポンハウスがあると、かなり窮屈なのだ。
しかし、チーはそんな僕の提案を毎度毎度却下する。その理由は彼女なりに色々細かいことがありそうなのだが、大きくは「どちらのハウスもかわいいから」「どちらのハウスにも思い出が詰まっているから」ということだ(と思う)。
うーん、難しい。僕はそういうセンチメンタリズムを理解できないが、そこは人それぞれの価値観であり、口を挟むことではない。したがって、僕は「部屋がごちゃごちゃしないなら、チーの好きな物を保存していいよ」と普段から言っている。ただし、収納できなくなるのだけは勘弁してほしい。だから片方のハウスも収納しておくぶんには問題ないわけで、収納スペースの都合上それができないから「捨てよう」と進言しているわけだ。
とはいえ、そんな理屈で素直に納得するようなチーではなく、結局のところ現在に至るまで我が家にポンポンハウスが2つある状態が続いている。寝室のキノコハウスに至っては、かなり邪魔だ。これがなくなるだけで、足の踏み場が相当増えるだろう。
しかもそんな中、チーの姉夫婦が引っ越しをすることになり、僕は今まで知らなかった新事実を耳にした。なんと、姉夫婦の旧家の押し入れにチーの私物がたくさんあるというのだ。そして、それらをそろそろ引き取ってほしいと連絡してきたわけだ。
ま、まだあるのか――。衝撃だった。呆れて言葉を失う。かつてあれだけチーの私物の整理整頓に苦労し、執拗な説得を重ねて断舎離を決行した記憶が再び蘇る。しかし、あれで終わりではなかったのだ。恐るべきチーの私物は、まだまだ追加があったのだ。
さらに驚いたことに、それら追加私物の中にポンポンの新たなゲージまであることが判明した。そう、今度は小さなハウスではなく、四角い柵に囲まれたそれなりに大型の犬用ゲージ。おのれ、ポンポンの野郎、体重2.3kgしかない超小型犬のくせにマイホームを3軒も所有していたのか。おまえはどこのセレブだ。大地主様か。
もう我慢の限界だ。僕はチーに舌鋒鋭く意見した。
「ただでさえ物が多いのに、これ以上増やすなよっ。大体こんな大きなゲージ、どこに置くんだよ。ポンポンのハウスは1個あれば充分だろ! 」
チーもさすがに罰が悪くなったのか、以前よりずいぶん聞く耳を持ってくれるようになった。こうなったら、ポンポンの気持ちに委ねてみよう。実際、ポンポンがもっとも好んで愛用しているハウスだけを残して、あとは捨てよう。そんな結論に達したのだ。
果たして、ポンポンはどのハウスを選択するのか。キノコハウスなのか、丸太ハウスなのか、はたまた新登場の犬用ゲージなのか。それを見極める方法は簡単だ。ポンポンを部屋に放っておいたとき、彼が好んで身を潜めるところを観察していればいいのだ。
そして、いざ作戦を実行した。リビングでくつろぐポンポンの様子を、チーと2人でじっと観察する。ほどなくして、ポンポンが動き出した。さあ、どれを選ぶんだい?
スルスルスル――。その結果に、僕らは呆然とした。
ポンポンはリビングのソファーの下に入っていったのだ。
