【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

その日の僕は、実にイライラしていた。

午前中、家の書斎で今日が締め切りの原稿を執筆していたのだが、昼に急な野暮用が入ったため、いったん外出しなくてはならなくなった。しかも、最初は1時間程度で終る予定だったはずが、ひょんな不運が重なり、夕方4時ごろまでかかってしまったのだ。

くそっ、大幅なタイムロスだ。急いで帰宅して、原稿の続きを書かないと。僕はタクシーを拾おうと周囲を見渡した。しかし、なかなか見つからない。さらにその後、せっかく見つけたタクシーを別の人に先乗りされてしまうという不運が、なんとなんと連続で4回も発生したため、帰宅したのは午後5時をすぎたころになってしまった。

ますます焦った。締め切りが容赦なく迫ってくる。しかし、それでも僕はすぐに執筆を始めることができなかった。まずはトイレに駆け込み、ズボンとパンツを脱がねばならない。タクシーの中で、急な腹痛に襲われていたのだ。

なんとういう不運だ。僕はトイレの中でズボンのベルトに手をかけた。すると、あろうことか腹痛の悪魔がいきなりテンションを上げ、パンツに生温かい不快感が走った。やっちまった――。しばらく呆然と立ち尽くした。この連載で再三登場する僕の慢性的下痢症及び下着汚染事件が、こんなタイミングでやってくるとは。

しかし、嘆いている時間はない。さっさとズボンとパンツを洗濯しよう。妻のチーが会社から帰ってくる前に、すべての証拠を隠滅する必要がある。以前、連載第21回目でオネショ事件について書いたことがあるが、今回は大なのだ。絶対、ばれたくない。

汚物を手洗いし、洗濯機を回した。やばい、ますます時間を浪費した。みるみる焦りが募っていく。僕は書斎にノートパソコンをセットし、コーヒーの用意をしようとリビングダイニングに移動した。執筆のお供は今も昔もコーヒーとタバコだ。

ところが、食器入れにマグカップが1つも入っていなかった。見ると、キッチンの流しに使用済み食器が山ほど溜まっている。昨日から食器洗いをしていなかったのだ。

共働きの辛いところは、すべての家事を妻に押しつけられないところだ。チーも平日は会社勤めをしているため、山田家では2人で家事を分担している。したがって、この洗い物の山は決してチーのせいではなく、自分の怠惰が生んだ事態でもあるわけだ。

しょうがない。僕は事情を呑み込み、急いで食器を洗った。これは僕の性格なのだろうが、とりあえずマグカップ1つだけ洗うということが気持ち悪くてできない。どうせ洗うなら、すべての食器を洗わないと気分良く仕事を始められないのだ。

その後、ようやく執筆を開始した。焦りながらパソコンのキーボードを叩き、一心不乱に文章を紡いでいく。途中、書斎の外から「ピー」という電子音が聞こえた。そうだ、洗濯機を回していたのだった。一瞬放っておこうと思ったものの、やっぱり先に干すことにした。このままだと、会社から帰宅したチーにばれてしまうからだ。

僕は書斎を飛び出し、浴室乾燥機の中でズボンとパンツを干した。再び書斎に戻る。執筆スピードにターボをかけた。時間がない、時間がない。焦りは暴発寸前だ。

午後7時半、チーが会社から帰宅した。玄関が開く音に愛犬のポンポン丸が反応し、書斎の外でギャンギャン騒ぐ。「うるしゃーい! 」。僕は思わず叫んでしまった。ポンポン丸に罪がないのはわかっているが、今はとにかく静かにしておいてほしい。

そう思った瞬間、ふと浴室乾燥機が気になった。やばい、ばれる。僕は再び書斎を飛び出し、速やかに半渇きのズボンとパンツを取り込んだ。その後は再び執筆。やばい、やばい。ますます時間が迫ってきた。なんで、こんな日に漏らしてしまったのだろう。

しかも、よりによって再び腹痛が襲ってきた。神様の馬鹿野郎っ。口の中で罵声を浴びせつつ、なんとか根性で耐える。すると、チーが書斎のドアをノックした。

「チョコリング買ってきたけど、いるー? 」
「いらねーよ!! 」。思わず怒鳴ってしまった。
「なんでそんな言い方するの? 」とドアを開けるチー。
「うるさい、出てけ――!! 」

僕はよっぽどイライラしていたのだ。だから、なんの罪もないチーにいきなり声を荒らげてしまった。けど、気にしている場合じゃない。そんなことより締め切りだ。

その後、なんとか脱稿することができた。奇跡的に間に合ったのです。やれやれ、長い一日がようやく終わった。全身が一気に脱力し、頭の中がボーっとする。よろよろと椅子から立ち上がり、大きく背伸びをした。いやはや、本当に疲れた。

書斎を出て、リビングに向かった。「いやあ、締め切りがやばかったけど、なんとか間に合ったよー」。チーに明るい口調で声をかける。さっきまでのイライラは忘却の彼方だ。

ところが、チーに無視された。よく見ると、完全に怒っているときの表情だ。

し、しまった――。さっきの暴言が頭の中でフラッシュバックした。

果たして、その後はいつもの夫婦喧嘩が始まったのである。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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